15話
ルドル達の家から川まではそれほど離れていないが、子どもの足ではそれなりの時間がかかった。その間二人はたわいもないことを話しては笑い、元気な声が道端に響いた。
そうしてようやく川に着いたルドルは、水辺に腰を下ろして休憩しながら、リーアの方を見ていた。一方のリーアはというと、まるで先生のように、腰に手を当てながら、得意げな顔で説明を始めた。
「魔法はね。イメージが大事なんです」
そう言って川の方を向き、両手で水を掬うリーア。
「まずはこうやって両手で水を掬う。そして、掬った時の水の感じを覚えおくのです!」
そう言って掬った水を川に戻した後、ルドルの方に向き直るリーア。
「そうしたら今度は何もない所で水を掬う真似をしてみます。その時、さっき掬った水の感覚を思い出しながら魔力を込めてやると--」
そう言って、自分の身体の前で両手をお椀のようにして水を掬う動作をするリーア。直後、彼女の手の中には、手のひら一杯に冷たい水が現れた。
「ほら! こうやったらお水が出てくるんだよ!」
そう言って嬉しそうにルドルの方に手の中の水を見せるリーア。上手くいったのが嬉しかったのか、その口調は、先ほどまでの先生ぶったものではなく、彼女本来の無邪気なそれに戻ってしまっていた。
感心するルドルに、急に照れ臭くなったのか、リーアは付け足す。
「全部ママに教わったことなんだけどね」
そう言って、今度はルドルの番、と川辺の方を指し示した。
促されるまま、ルドル同じようにも川で水を掬い、その後に何もない所で同じ動作をする。言われたとおり、頭の中では水を掬った感覚を再現しているつもりだったが、その両手に水が現れることはない。リーアの言う『魔力を込める』という感覚がどうも掴めず、ルドルは苦戦していた。
「……上手くいかないや」
「なんでだろう~?」
首を捻るリーア。その後2人はあれこれ試してみたが、ルドルの両手に水が現れる気配はない。
一向に水を生み出すことは出来なかったものの、川辺で2人で過ごす時間は、ルドルにとってとても楽しい時間だった。
リーアは幼いながらも魔法が上手く、水魔法をかなり上手に操っていた。
彼女の手に現れた水は、次々に大きさと形を変えていく。それだけではなく、彼女の両手を飛び出した水は、まるで重力など存在しないかのように、彼女の小さな身体の周りを、クルクルと周り始めた。
リーアは自分の周囲を動き回る水の中で、楽しそうに、踊るように跳ねていた。その姿はまるで川の中で水遊びを楽しんでいるようだ。その一方で、動き回るリーアの周囲を回る水は、よくコントロールが効いているようで、彼女の身体を濡らすことはなかった。
そんな彼女の様子を見ていると、ルドルも自然と顔がほころび、もう少し練習してみようという気になるのだった。
「そろそろ帰ろうか」
気がつけば、時刻は夕暮れ時。オレンジ色に染まった川面を見やりながら、ルドルはリーアに声をかけた。
「うん」
そのリーアはと言えば、河原で大の字になって伸びていた。自分が見せる水魔法にルドルがいちいち感心してくれるのが嬉しかったのか、魔法を使い過ぎたリーアは魔力がほとんど空になってしまっていたのだった。
「大丈夫?」
「うん。もう少しで立てるぐらいにはなると思うから少し待って〜」
そう言って倒れたままルドルの方に無邪気な笑顔を見せるリーア。ルドルはその傍らにすとんと腰を落とし、それからリーアと同じように河原に大の字に伸びた。
「結局僕は一度も水を出せなかったな」
「初めてだもん。平気だよ」
夕日に照らされた二人は、それからしばらく無言で夕焼け空を眺めた。
「また来ようよ」
「そうだね」
自身の誘いにルドルが頷いてくれたのが嬉しかったのか、リーアはにっこり微笑んだ。
その時、二人の耳に、川辺を歩く人の足音が聞こえた。ザッザッという足音は、二人の方へと次第に近づいて来る。