13話
マルス王国前に広がる草原地帯は、そこかしこで煙と火の手が上がる戦場となっていた。
「バインド!」
自らの背丈の何倍もある魔物に対し、臆することなく魔法を唱える青年。青みがかった黒色の目をした黒髪のその青年が唱えた魔法は、青白い光と共に巨大な魔物の動きを止めた。
直後、青年は携えた剣で怪物にとどめを刺した。
「勇者ニクスが最後の魔物を仕留めたぞ!」
傍に居た騎士が、周囲の兵士に向かって大声で叫んだ。
「動ける者は協力して負傷者を拠点に集めるんだ!」
騎士の指示を受けた兵士達は、勝利の喜びもないまま、負傷者の収容に取り掛かって行った。
「……皆も満身創痍だろうが、もう少しだ。頑張ってくれ」
勇者ニクスと呼ばれたその青年は、自分自身もボロボロの状態ながら、近くにいた3人の仲間に気丈に微笑みながらそう声をかけた。
「ステラは拠点で兵士の回復と回復薬の精製。アニマは息のある兵士の捜索と応急処置のヒールを。アニクトは息のある兵士を拠点に運びながら回復薬を配ってくれ」
「分かったわ」
「おうよ」
「任せて」
ニクスに指示を受けたパーティーの3名は、すぐにそれぞれの役割を果たすため駆けて行く。
その後ろ姿を見送った後、ニクスはある場所へと向かって歩き出した。それは、戦場の最前線の方向だった。
「ステラ! こっちの負傷者にヒールを頼む!!」
先ほどニクスからアニクトと呼ばれた、赤い目に銀髪の女戦士は、少し離れた所に居た女性に声をかけた。
「待ってアニクト! これを持って行って!!」
ステラと呼ばれた緑の目に黒髪の修道女は、そのまま次の倒れている兵士の元へ駆けて行こうとするアニクトに小ぶりな薬の瓶を数本手渡した。それを受け取ったアニクトは悪い、とステラに短く感謝して、すぐに走りだした。
残されたステラは、満身創痍の状態で、額に汗をにじませ、懸命に負傷者に回復魔法をかけ始めた。
「アニマ! ステラからだ! これで魔力を回復しとけ!」
しばらく走った後、アニクトは先ほど受け取った瓶のうちの1本を、離れた位置で浮かぶ青い目をした茶髪の青年魔法使いに向かって思い切り放り投げた。
右手に杖を高く掲げながら、その青年は左手でそれを難なく受け止めると、地上の兵士達に向かって叫んだ。
「動ける奴は緑色に光っている場所に行って、倒れてる奴らを運んでくれ!」
その杖先から一定間隔で広範囲に放たれる魔法は、地上に倒れ伏しながらもまだ息のある兵士の場所を、緑色に明滅する光で示していた。淡い色をしたその光は、倒れている兵士達を優しく包み、拠点へ運ばれるまでの応急処置代わりの回復を届けていた。
一方その頃、勇者ニクスは目指す最前線へと辿り着いていた。広大な草原の中でも、最も酷い火と煙に包まれ、魔族と人類双方のおびただしい数の死体で溢れたその場所で、ニクスは必死に何かを探し回っている。
「師匠!」
やがて、ニクスは倒れている1人の兵士に向かってそう叫ぶと、その元へと歩み寄った。
「師匠……」
倒れる兵士の元で跪き、声を掛けるニクス。その言葉に気がつき、ゆっくりと目を開いた兵士は傍らのニクスの方をぼんやりとした目で見つめ、嬉しそうに笑った。
「ニクスか……無事だったんだな。何よりだ」
「待っていてください。すぐに仲間を--」
今にも泣きだしそうなニクスの言葉を遮ったのは、師匠と呼ばれた兵士がゆっくりと伸ばした右腕だった。
「もういいんだ……。それより、一つ頼みごとがある……。これを、家族の元へ……」
兵士はその身に残された力を振り絞るように、ニクスへと何かを手渡そうとしていた。その手の中にあったのは、簡素ながらも大事にされていたことが分かる綺麗なネックレスだった。
「お前が魔王を倒すのをこの目で見届けたかったが……どうやらそれは叶わんようだ」
ニクスはネックレスが握られた兵士の右手を両手でギュッと包みこみながら、兵士の言葉を聞いた。
「せめて私の孫達……そしてその先の世代を生きる子達には……争いと無縁な世界で平和に暮らして欲しい」
それが兵士の最期の願いになることを、この場の2人はどちらも理解していた。
「……必ず」
ニクスは両目に溢れてこようとするものをグッとこらえながら、そう応じた。
ニクスの、力強いその一言を聞いた兵士は、安心したように笑った。そして、その目はゆっくりと閉じられ、二度と開かれることはなかった。




