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12話

 目が覚めたルドルは、自分がうつ伏せでどこかに倒れていることに気がついた。


 全身に感じるのは、自らが横たわる床の感触のはずだった。けれど、それは冷たくもなく熱くもなく、起伏があるようにも平らなようにも感じない、奇妙な感触だった。


 「……!」


 身体をゆっくり起こして辺りを見回したルドルは、思わず息を呑んだ。


 そこは先ほどまで父といたはずの大樹の地下とは全く異なっていた。見渡す限り真っ黒な空間には、父の姿も、台座とその上に浮かぶ剣もどこにも見当たらない。何もないひたすらに真っ黒な空間で、自分の視覚が機能していることが不思議なくらいだった。


 「……お父さん」


 心のどこかで無駄だと分かっていながら、ルドルは真っ暗な空間にそう呼びかける。案の定、その声に答える者はなく、ルドルの声も、どこまでも続いていそうな闇の中へと吸い込まれるように消えて行った。


 「!」


 直後、ルドルの眼前がぽうっと白く輝いた。輝きは徐々にその形を変え、やがて人の形になった所で変化を止めた。


 その真っ白な人型は、ルドルより大きく、大人のようにみえた。背丈はルドルの父より一回り低いくらいで、成人の平均くらいだろうか。スラっとしたその体型は、恰幅のよいルドルの父と並べば華奢に映るかもしれないが、付くべき所に筋肉のついた男性のようにみえる。


 「……」


 ルドルは落ち着いた様子で、その真っ白な人型と向き合っていた。どこかも分からない真っ黒な空間で突然白い人型の光に出くわせば、驚くのが普通だろう。けれどルドルは最初から冷静にそれを観察していた。


 その理由はルドル自身にも分からなかったが、何故だかそれが自分への脅威だとはどうしても思えなかった。むしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな気がしていた。


 冷静に人型を見つめるルドルに対し、人型の方もルドルをジッと見つめているようだった。しばらく無言の見つめ合いが続いた後、沈黙を破ったのは人型の方だった。


 「まだ早いけど……これだけ渡しておくよ」


 その声は、ルドルの耳には青年の声のように聴こえた。優しく慈愛に満ちていて、そして、どこか懐かしい。そんな声音だった。


 喋り終えると、白い人型はゆっくりと右手を前に出した。ルドルに握手を求めているような位置で静止したその手を、ルドルは無言のまま一瞬ジッと見つめた。そして、応ずるように、自らもまた右手を前に動かした。


 差し出したルドルの右手が、差し出された人型の右手に触れた、その瞬間。パッとルドルの視界の様子が切り替わり、見たことのある風景が目に飛び込んできた。


 そこは薄暗い部屋の中だった。目の前には石造りの台座が置かれ、その上にはピカピカの剣が浮かんでいる。


 大樹の地下に戻って来たのだ。そうルドルが気づいた時、背後から驚いた大人の声が聞こえてきた。


 「触れることが出来るとは……! まさか本当にルドルは勇者様の生まれ変わりだというのか……!?」


 それは父の声だった。聞き慣れたその声に安心したのも束の間、ルドルの思考は父の言葉の意味に辿り着く。


 そしてようやく、自らが伸ばしていた右手の先に、固い感触があることにも気がついた。


 ルドルが伸ばした右手は、誰かと握手でもしているかのように、台座の上に浮かぶ剣の柄を固く握りしめていた。


 「お父さん……! 僕……!」


 驚いて剣に触れたまま身体だけ振り返ったルドルに、父は深く頷いてみせた。


 「動かせるか? 台座から剣を取ってみるんだ」


 父の指示に従って、ルドルは右腕に力を込めた。けれど、握った剣はまるで宙に固定でもされているかのように微動だにせず、その位置を変えることはなかった。


 「無理みたい」

 「そうか」


 しばらくルドルは剣の柄を押したり、揺らしたり、力任せに引っ張ろうとしたりした。しかし、どの試みも徒労に終わった。


 「今日のところは、止めにしよう」


 ルドルの顔に疲労を見て取った父は、ルドルにそう声をかけた。そして、台座から離れ自らの元に駆け寄ってきたルドルに尋ねる。


 「動かすことは出来なかったが触れるとは……。剣に触れた時、何か感じたか?」

 「何か……」

 「お前が剣に触れてから妙に静かでな。俺の声を聞いてハッと我に返ったように見えたんだが……何かあったか?」

 「ううん……。何かあったような気もするんだけど……。思い出せない」


 ルドルの脳裏に、真っ暗闇とそこに浮かぶ白い光がよぎった。けれどその記憶は、まるで覚めてしまった夢のように儚く曖昧で、何かを語るには不十分過ぎた。


 「そうか。無理はするな。そのうちまた来ればいい」


 父は優しくルドルにそう伝えると、後ろ向きにしゃがんだ。


 「疲れているだろう?帰ろう。母さんも心配してるはずだ」


 普段のルドルならば、おんぶなど子ども扱いするなと断っていただろう。しかし、朝から外出し、様々な体験をした今のルドルにとって、父の背は相当に魅力的だった。


 「……ありがとう」


 父の背に乗り、ポツリと礼を言うルドル。父が無言で微笑んだのを感じ取った直後、ルドルの身体は持ち上がり、のしのしと部屋の出口へ向かって動き始めた。


 その心地よい揺れを味わいながら、ルドルの意識は、そのまま眠りへと落ちていったのだった。

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