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雪のような塵のような

作者: 鳥宮船

 国際結婚と聞くと、目を輝かせて私を崇拝する人までいました。女性はシンデレラに一度は憧れるものです。見知らぬ素晴らしい世界に急に連れて行ってもらう幻想を抱いて、それを国内で達成するのは難しいから国外に夢を馳せるんです。


「You are juming on the bandwagon.(バンドワゴンに乗ったね)」と言われてこともあります。この国では「勝ち馬に乗る」と言うんでしょうか。バンドワゴンがわからない? ああ……。


 私にも確かに国際結婚への憧れがありました。家族や友達関係は良好だし、国の歴史や地元の自然にも馴染んでいたし、仕事も楽しんでやっていましたから、どこかへ逃亡したくなるような要因はなかったんですが、それでも見知らぬものへの興味や海外という響きの甘美さにくらくらっと来て結婚を決めた面もあります。


 しかし夫と私には確かな愛がありました。言葉の壁はあったし、お互いに外国人という神秘性が興味の根源だったのだとしても、数年のうちにそれは人種や国籍を考えない普通の愛情にちゃんと昇華したのだと思います。


 私も少しずつこの国の文化や言葉に慣れていきました。夫の家族や近隣の人にも存在を認知されて、自分が選んだことなのに離れた家族や友人を想ってこの国にいることに泣くようなことはなくなりました。


 でも、それでも、私はやっぱり異人だったんだなと気づかされることがあります。


 夫の母親は週に1、2度の頻度でうちにやってきます。基本的に親切な人なんだとは思います。来るたびに食材やお菓子や便利グッズなんかを持ってきてくれますし、掃除や料理の仕方を教えてくれますから。片言の私と会話をしようとしてくれるのも嬉しいです。彼女は日本語しかできない人ですから、私の日本語の学習にうってつけです。


 ただ、矢継ぎ早に何かを話した後に「今のはわかった? わからないわよね」と言うのにはだんだん疲れていきました。「わからない」といえば「やっぱりね」といった顔をされ、「わかる」といえば「本当?」と疑った顔をする。必死で頭をひねって、内容を簡単な言葉にまとめて「こういうことですよね」と言っても「まあいいでしょう」と合格点を出すような顔。

 片言の人間は、その言葉の不自由さから知能も低いと見られがちだと本で読んだことがありますが、まさに義母の中では私が自国で大学を卒業している事実はすっぽり抜け落ちていて、嘲笑してもよい対象と見られているんだと都度感じました。


 さらに、私の国が「劣った文化を持った国」だと彼女に認識されているのを言葉の端々で気づき始めたとき、私の中にどうしようもない怒りが芽生えました。


 日本人はレイシストだという意見には同意しません。義母が若干その気があるというだけで。

 ただ、あまりにも閉じた世界にいて、外国人はあけっぴろげで繊細ではないという勝手なイメージから、日本人同士だとできる気遣いを「言葉がわからないから気にしないでしょ」としないところに問題があるように思います。


 義母には申し訳なく思うところもあります。もし夫が同国人と結婚していたら、世代の違いを感じることはあっても言葉の壁を感じることはなかっただろうし、大きなくくりでの文化の違いを気遣う必要もなかったでしょうから。


 今日も孫を近隣の人に見せながら「さすが、目が大きいでしょ」と自慢げに言ってみたり、「言葉の発達が遅いのよ」と心配気に言ってみたり、彼女の中の矛盾がよく見えます。

 些細な言葉のひとつひとつに、いちいち目くじらを立てる気はないしそんなことをしてもキリがありません。それでも、やはりちょっと引っかかりができる言葉は心の中にたまっていくのです。


 ここでは私の母国では降らない雪が降ります。しんしんと積もる雪を眺めながら、私は来るはずのない春を待ち望むのです。


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