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巾着寿司とエクレア 6


 最後の角を曲がると二軒目に位置する我が家は、外から確認できる限り風呂場とトイレまで家中の電気が灯っていた。正面の駐車スペースに停まった型落ちプリウスに、家族三人最後に乗ったのはいつのことだろ? 普段は一段上がった玄関の、その手前にあるブロック・レンガの花壇に咲く季節ごとの花に目をやり(今なおどんな花でも必ず三株ずつ植え続けているのは私に対する妻の最後の抵抗のような気がして)、軽く気が滅入るのだったが、なんにせよ今夜は珍しく素面だったので溜息もなく舌も鳴らなかった。今年の春はフリージアが植えわれていた・・・・・・今夜もベルを押さずに鍵を開けた。

 不思議なことだが、家庭内が冷え込むと自分の家の匂いが分かるようになった。どのような匂いなのかを説明するのは難しい。一言で言うのなら間違いなく「よそよそしい」匂いだ。私のクロックスと妻のビルケンが脇に揃えられ、息子のナイキが真ん中に転がっている玄関を上がるとき、頭上の電気と廊下と二階に上がる階段の電気には手をつけず、すぐ脇の風呂場とトイレの電気だけを消した。  

 私は廊下の先にある自分の部屋へ直行せずキッチンの扉を開けた。もちろん電気は煌々と点いていて流しの蛍光灯も然り。普段私が帰宅するとき(もっと遅い時間だが)私の言いつけは守られ、たまに家の明かりが点いているとしたら妻の寝室と息子の部屋がある二階の、そのどちらかしかない。

キッチンと居間を隔てるガラス戸も内側からの明かりを透かしテレビの音も聞こえた。

 25万円した革鞄と3円もするスーパーの白い袋を、三人家族には大きすぎるキッチンテーブルへ投げ出し、ガラス戸を横へ引いた。息子はエアコンと床暖房をつけたまま、妻のブンケットを寸足らずに被り、三人掛けソファーでうつ伏せに寝ている。居間のガラステーブル上には息子専用のタブレットがあり、食べ残したスナック菓子の袋とカップアイスの空があり、半分以上残っているカルピスソーダ500mlペットボトルが蓋を開けて、少なくとも倒れてはいなかった。そして彼の手元には私の知らないーそれは機種もだが、彼が所有していること自体知らなかったーゲーム機が、冒険の途中なのか戦闘中なのか、私には判断できない、いかにもありがちなデス調な電子音をピコピコ立てていた。もちろん部屋のスタンド電気だって点いている。

 引っ越し祝いで知人からもらった観葉植物の「旅人の木」が窓際から、ねぇちょっといいですか? お宅の息子さんさぁ、等と、東西を知るらしい横並びの堅い葉を擦り文句を言っているのが私にははっきりと聞こえる・・・・・・ただ、それにしても卒業証書の入った筒がガラステーブル上にあるってことは、造反有理な挑戦的態度以上に明確な意思の現れなのか? 私の帰りを待っていたのかもしれない、と一瞬思えた。そしてまた私を驚かせたのは息子の両手首に色違いのGショックが巻かれていたことだ。左腕の合金メタルは妻(あるいは妻の母)からで、右腕の青い三つ目は私からの卒業祝いだった。彼の腕がマラドーナ化しているのはとても意外なことだったのでいくらかの動悸が起きた。


 いつだかの祭日、息子は妻と各々の自転車に乗り、夕方の旧バス通りで相変わらずスマホをいじくりながら歩いていた私を無言で追い抜いた。二人は、偶然スマホから顔を上げた私を過ぎると一言二言、冷めた感じの言葉を交わし、息子だけがチラッと振り返った。彼らはそのまま駅の方角へ躊躇うことなく走り去った・・・・・・。




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