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とんでもない効果と警告


私はスマホの電源を落とした。どうやら私は昔から冷たく、無責任な男だ。

一年ほどだったが一緒に暮らした猫がひと鳴きもせず押し入れから出てこない理由を理解していたのに、寝ているのを起こしたら悪いから、と言い部屋を出たのだ。お幸せに、と玄関で微笑んだ当時の彼女の目が「死ね」と呟いたのは当然だった。しかし少しばかり私は賢い。それは親父たちが引っこ抜いたビワの木の「とんでもない」効果が、今も継続していることを感じ取ることが出来るからだ。じゃなければ、少なくとも私は時速200㎞でGTRを飛ばす独り身でかなり裕福な女と知り合うわけがない。御殿場と箱根の間にある彼女の別荘で、これまで三度ほど情事を重ねている。

彼女もまた美人だ。それもかなりの美人だ。髪を金髪に染め歳は33だと言っているので厄年ってわけだ。丸いおでこの小さな頭。やや太めの眉毛とアーモンドのような形の目。長くて豊かなまつ毛で目をつむり愛撫の仕方を指示する。私がそれに従うと、身体と心で、あるいは耳のずっと奥の方で堪能し感電するように昇天した。心持跳ね上がる勝気な鼻と、どうしようもなく臭い口の唇の厚みが醸す色気は、どちらも、どちらの意味でもたまらない。そんな女と私如きが、震度3の地震で一旦停止した新幹線の中で出会うはずがないのだ。


誰にも言えない妄想の中で恋焦がれるくらいの容姿をする女が現実の妻であり、しかも非現実のような寛容さがある上に、仕事だって独立してからもまずまず上手く行っている。中古物件だが持ち家を手に入れ、今は型落ちしてしまったとは言え、当時は新車で購入した。桁違いのスポーツカーはさすがに無理でも、車検を通さずワンランク上の新車へ買い替えることは十分可能だ。

地元の先輩から安く譲ってもらったCB400を手離すときは涙も出たが「バイクの季節」はとっくに過ぎた。ありがたいことに大きな事故もなく・・・・・・そもそも今の俺の家には風呂があり、各部屋にエアコンまである。便所だって下と上にあって、しかも和式便器じゃないばかりか温水で肛門を洗えてしまうのだ。食費も睡眠時間も、もう削らなくていい生活を送れている。と言うか、自分の息子が、お菓子ばかり食べないでよ、と母親から叱られる日常など想像できなかったし、パイントのアイスクリームを途中まで食べて腹を下してしまえる小学生が身内に現れる未来など考えもしなかった・・・・・・その上、今は赤いGTR(35型)の「フレンズ」がこれまたひょっこり現れた。確かにあの「フレンズ」の出現は、冗談のような俺の幸運のキャパシティーを完全に超えている。撤退しなければ危険だ、と親父は今夜警告しにきたのだろう。


いいか? あのビワの開運には正直俺ももうお手上げだ。狂ったようにキラ星をお前に降らしやがる。そんなわけでお前如きの「ラッキー素人」じゃこれ以上は無理だってことをわきまえとけ。間違ってももったいないなんて思うなよ。これからはキラキラする偶然は手あたり次第そこら辺に捨てちまえ、いいな?


・・・・・・私は全くあの父らしい言い分なり言い方、そして呑気な顔をして私を脅すときの空気感はそのままに思い描けた。しかしどんなに耳を澄ましても声色は思い出せなかった。私は氷の溶けたグラスの残り水を飲んだ。


明日はちょうど春の彼岸の中日だった。春分の日だ。一族の墓が遠いいことを理由にずいぶんと久しく墓参していない。どこにいても傍にいる、と思ってはいてもたまに顔を出せば、何もないと思っていた心の中の何かがすっきりする、と生前の父は確かそんなことを言っていた。少しばかりの送金をするだけで、母親の面倒を看てくれている妹夫婦のところにも私はしばらく顔を出していなかった。妹もまた引っこ抜いたビワの木の効果を享受していて、暮らしも心根も大した旦那さんのもとに嫁いでいるのだが、私にだけ今も星が降ってくる、とは言い切れないはず。あるいはすでにあっちにも降りまくっているのかもしれない・・・・・・。

急に顔を出すと迷惑だろうし、ともすれば不安がらせるかもしれない。母と妹夫婦に会いに行くのは少し後回しにしよう。

先ずは明日一人で一族の墓へ行くことにした。親族の誰かしらに会ってしまうと些か面倒な気もするが、またそれもそれでいいのかもしれない、というような気持ちになった。




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