花壇に座っていた妻と下着泥棒 2
ところで、私は高校一年の夏休みに女性の下着を一枚盗んでしまったことがある。知っているのは妻だけだ。私は妻がまだ「奇跡的な彼女」だったころにその軽犯罪を告白してみた。それはある意味危険な試金石だった。
私はコイン・ランドリーの乾燥機の中にあった、黒いひも状の極めて小さな布切れを抜き取り、併設したコイン・シャワーの中で使用した直後、普段とは桁の違う罪悪感に襲われた。帰り道に通る駐車場の隅へそいつを放り投げた。
当時彼女だった妻は、何のこともなくゲラゲラ笑い、私も男の子だったら同じことをするのかな? と小首を捻り、信じられないくらい可愛いく自分の腕を組みしばらく考えた。私はそのとき、こいつと俺は前世で同じ星の同じ大陸にいた、というよりも、隣り合った村にいたんじゃないのか!!とまで思えた。そしてそれは当然私に勇気を与えたし、自信にもなった。私はいつかこの女と結婚したい、と思った。これまではこんな奇跡的な女と複数回も性交渉を持てたこと自体が人生の当たり馬券だと思っていたのだったが、もっと深く踏み込もうと思えたのだった。そしてそれは同時に自分の子供という奴にも会ってみたい、と思わせた。誰がどれだけ反対しても私は一緒になりたかった。前の星でやり残してきた何かしらを、ようやく仕上げたかった。
互いに三十を越すとき私たちの日々の疲れはピークで、そのとき私は疲れに任せて、結婚を口にした。同じように疲れ切っていた妻は、うれしがりもせず、また恥ずかしがりもせず、そうね、そろそろそういう時期かもね、とだけ言って受け入れてくれたのだった・・・・・・。
・・・・・・私は隣近所の「人妻」だったら、という妄想を中断せざるを得なくなった。息子が学校から持ち帰った笹の葉に引っ掛ける、どうしても叶えてもらいたい願い事は後回しにした・・・・・・。
「私を締め出して何を考えたの?」髪を切っていた妻の顔に皮肉なうれしさが浮かんだ。
「何も考えてないし、締め出そうとなんてしてない」
「私が毎晩考えてることと同じことじゃない?」妻の顔からうれしさがなくなり皮肉な微笑だけが残った。
「・・・・・・同級生のことを思い出していたんだ」やはりこいつも同じことを考えていたんだな、と思った。一方で妻の視線はペットボトルのお茶に移り、顔の皮肉ごと肩を落としてはっきりと笑った。
「あっ、ケロッピーの子持ちじゃなくて、小学校のときの奴なんだ。いや、本当に」
「ねぇ、お願いだから子供だけは絶対にやめてよ」逆に取ると、なかなか寛大な言葉だ。
「そんな趣味なんてないよ。いくらなんでも」
「どうだか・・・・・・」
そう。不思議と妻はかなり寛大だ・・・・・・。
「千賀っていう奴なんだ。そいつは親父さんと二人で暮らしていて、小学校を卒業したとき親父さんと相撲をしてどうやら負けたらしい。だから次は中学の卒業のとき、次は高校の卒業、次は成人式。最終的には自分に最初の子供が生まれたときが最後のチャンスなんだってさ。でもどこで彼が親父さんを負かしたのかは知らない。同じ小学校を卒業して、同じ中学に入ったけど奴を思い出したのは中学の卒業が迫ってたときなんだ。そのときまで丸っきり奴のことを忘れていて」
「初めて聞く話しね」
微妙な笑い方だったので、半々だと思っていることは明らかだった。
「俺もすっかり忘れていたんだ。今夜、なんだかな・・・・・・急に思い出してさ。あいつの卒業式だったからだろうな」
「ねぇ、おめでとうって言ってあげた?」
「もう寝てたよ」
「そう」ことごとく残念なお父さんね、と心で呟いているのはもっと明らかだった。