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こっちのババァの湯とあっちのババァの湯~私の中学卒業場所~
今夜私は自分が父親と相撲をとっている姿を想像した。ひょろっとする身体で腹だけが膨らむ父。私はきっと中学卒業場所に於いて間違いなく父をぶん投げることが可能だった。下手投げで転がすか、上手投げで叩きつけるかを、そんきょの段で選択し、もちろん「立ち合い」は手を抜くとしても四つに組む形は決めておきたいものだ。でもしかし相手が相手なので、どんな奇策に出るとも限らない。息を合わせ立ち会った直後に「タイム、タイム」等と言い出し、隙を見せたところでこっそり足を掛けてくるかもしれない。父は息子のどんな抗議も受け付けず、私の今後三年間分の後悔と恨みを手に入れ満足するに違いない・・・・・・私はついに父と一度も相撲をとることはなかった。転がすことも、叩きつけることも、また奇策による後悔と恨みからなる幸福な思い出を持つことはなかった。
私たちは初めて一緒に洗い場から出て脱衣所の床を水滴で濡らし、裸の大人に叱られ、少しというかかなり迷った末、湯上りのドリンクを我慢した。私は一人で来ていた千賀を倣い前歯が痛くなるくらい冷たい冷水器の水を飲んだ。