こっちのババァの湯とあっちのババァの湯~小さなギャンブラー 1~
当時を暮らした町内には二軒の風呂屋があり、私たち家族は番台に座る風呂屋のお母さんを揶揄して「こっちのババァの湯」と「あっちのババァの湯」と呼び、そのうちそれは略され「こっちのババァ」と「あっちのババァ」になった。私たちは・・・・・・いや今思い返すとそのように呼んでいたのは私と妹だけだったのかもしれない。
で、いずれにしろ二軒の風呂屋は互いに定休日をずらすことで家に風呂のない我々のような家庭へ配慮してくれていた。風呂のなかった私は週に三回くらいのペースで「こっちのババァ」へ行った。もちろん千賀の家にも風呂はない。果たして彼がどのようなペースで「あっちのババァ」へ通っていたのかは知らないのだが、稀に私たちはどちらかで鉢合わせてしまうことがあった。
私は彼とのバッティングを回避するため、どっちの定休日にはどちらへも行かないことにしていたのだが、夏場に激しく汗をかいたり市営プールで遊んだ妹がどうしても風呂に入りたがったりすると、私が連れて行かなければならなかった。
妹が今夜は絶対にお風呂に入りたいと母親へ訴えた日がちょうど「こっちのババァ」の定休日であれば自転車に妹を乗せて町内を斜めにひと漕ぎし「あっちのババァ」へ行き、逆のパターンの時は二人分の風呂道具を妹に持たせ、私だけが自転車に乗って小走りさせた。もちろん妹は毎度母親へ告げ口した・・・・・・そのような日の出掛けには、上手く説明の出来ないある種の「風」を感じることがあったし「風」の的中率は高かったことを覚えている。それとも的中したことだけを覚えているのかもしれない。とにかく普段ならまず行かないような日に、どっちの風呂屋であれ、自主的にではなく入りに行くと千賀がいた。あるいは素っ裸でニコニコしながら洗い場に入ってきた。時間はまちまちだったはずなのに「風」の吹く日はいつでも強く吹いていて、私は千賀と顔を合わせてしまうのだった。
それにしてもこれは余談だか、いつか私は偶然の法則を発見できる大人になれるかもしれないと思ったこともあった。