ランクルとFJ 1
ところで、私も二階建てアパートの一室で家族四人の暮らしをしていたのだが、モルタルの外壁にひびなど入っていなかった。2DKで風呂なしなだけだ。妹は私の勉強机で宿題をして私は畳の上でマンガを読んでいただけだ。自転車だって持っていた。確かに妹は自転車を持っていなかったが、学校の宿題は畳の上でしなければならないことはなかった。父は板金工場に勤め、母は西友でレジスターを打っていた。父は時々酒が入り過ぎて怒鳴ることもあったが、母は決して恐れなかった。私は当然怖かった。しかし妹は私より二つ年下のくせに怒りを隠さず、出ていくのはそっちよ、と初めて子供が親の間に口をはさんだとき彼女は中学一年生だった。そして父は初めて家族の誰かに手を挙げた。そしてまた私は初めて父の胸倉を掴んだ。私よりも背の低い父が息巻くと酒臭く、それだけで本当に悲しくなった。ただそれだけだ。少なくとも私はファベーラのような地域にいたわけではない。
・・・・・・全く見事に贅沢な将来になっちまったぞ!!
私は椅子に座ったまま手足を伸ばして天井を見上げた。子供だった頃の私が家族四人で囲む、昭和のちゃぶ台よりもずっと大きい、丸い蛍光灯カバーがそこには灯っていた。
息子の3DSを真っ二つにへし折る直前、彼は「ランクルがいい」と言った。「じゃなければFJ」と言ったのだ。
流しの縁に後ろ手を掛け長い脚を膝下で交差しながら気だるそうに姿勢を崩している妻の冷めた両目が私を追い込んでいる最中、ピコピコ煩いポータブルゲーム機から目を離さない真向かいの息子はそう言ったのだ。