黄色い土地とビワの木 3
・・・・・・人間の四肢が袋詰めされていてもよさそうな裏道に沿って建つ、勝手口をこちらに設けてはいなかった一軒の家の低い塀際からビワの木が枝を伸ばし頭上を覆った箇所があった。私は何度かわざわざ自転車を止めると、ぷくりしたビワの実を見上げたことがある。深い緑色の古い哲学を葉脈に走らせた、全くあか抜けていない大きめの葉の元に密集する結構な数の実。出来損ない気味のオレンジ色に艶はなく、球体に膨らむだけでサイズは小さ目。曲がった根元で、低い塀の一か所を破壊し上へ真っ直ぐ伸びる幹は、何が原因なのか知りようもなかったのだが不思議な白色をしていた。季節の初めには可愛いく謙虚な緑色だった実はあっという間に、不出来な明るい色を付け、たぶん鳥に突かれることもあったろう。
人通りがないことを確かめるとビワの木に手を添え黙って見上げた。ただでさえ狭い裏道の空は、繊維で毛羽立つ無数の葉に遮られ・・・・・・梅雨の晴れ間の雲の白さや、雨を貯え待機する灰色の空に広さなどはなく、背景ですらなかった。
私が五年生になった春、父方の祖母が死んでしばらくしてからはそこを通る度に立ち止った。幹を擦ったりすることはなかったはずだが、添えただけの掌にはいつも、乾いた樹皮の小さな粒々が付着した。
長男の説得を受け入れず一人田舎で暮らしていた祖母は毎年庭のビワを(隣近所の誰かに頼み)収穫しては各地に散らばる三人の息子へ送っていた。私の舌が覚えている限り、種だけは大きく、全くおいしい果実とは言えない。そんなビワの味とは関係なく、私の父を含む三兄弟はこれでようやく心置きなく庭のビワを引っこ抜くことが出来た。いや、むしろ実家そのものを更地にした。彼らは絶対にその理由を語ることはなかった。幼い私は、父や叔父がそれぞれの家族にも絶対に語ろうとしない田舎のビワの木の秘密とは何なのだろうか? と、近所のビワの木に聞いてみたのだ。
白い幹が咳き込んでいるだけで話は通じない・・・・・・そんな気分を味わうと、父たちが墓場まで持っていくつもりの秘密は、生涯彼らの影の中にあり続けようとする不安や不気味な未来をここで根絶やしにしなければならないモノではなく思えた。ようするに、すばらしく大袈裟な態度で、偽った巨大な恐れを瞳に張り付け、私を怯えさせよう、もっと怯えさせてしまえ、と単に楽しんでいるだけなのだ、という互いに承知している明白な意図を、さらに確信する為の行為だったのかもしれない。人に見られず近所のビワの木に触れるという行為は小心者の私に必要だったのだ。