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国王の寝室

 エヴァリーナとオリヴェルが密談したその夜、早々に事態が動いた。

王宮の寝室で待つアウグストの元にエヴァリーナは呼び出されていた。

予想は正しかった。


 アウグストからすれば当然の思考だ。

男女の睦み合いどころか同衾すら許さないエヴァリーナに我慢の限界が来ていた。

この火照った気持ちを抑えられるのはやはり都合のきく下女では無理だ。

本人でなければ。



「エヴァリーナ……」


「陛下、何の御用でしょうか」


「何の用も何も無いだろう。お前は私の妻なのだ。

夫婦が同じ寝室で寝るのは当然の事だ」


「……」


「お前との初めての夜以来、私はお前の事を尊重して来た。

お前にとって男は初めての経験だっただろうから私も出来る限り気は使ってきたつもりだ」


「……」


「しかしその後もずっと体調を崩したとか気分がすぐれないからと云ってお前は同衾すら避けてきた。

すぐに妊娠が発覚したがそれ以降は言わずもがなだ……」


「ですから、御子を産むまではと……」



 エヴァリーナが言い終わる前にアウグストは抱き着いた。

そして自分の唇を荒々しくエヴァリーナに押し付ける。

 


「もう沢山だ! 国王の私がこんなに気を遣うのはお前だけだ。

子が流れた所でまた作ればいいだけだ。そうだろう!」


「おやめください!」


「止めない。俺はお前の夫なのだからな!」



 国王の仮面も爽やかな表情も最早剥がれ落ちていた。

我慢の限界が来たアウグストはエヴァリーナをベッドに押し倒した。

だが、そのままのしかかろうとした時背中に熱い感覚を感じた。

すぐに自分が刺されたものと認識する。

振り返ったがアウグストの目には暴漢の顔まで見えなかった。



「ぐっ……だ、誰だっ」


「エヴァリーナは、私のものだ……」



 暴漢は更に深く刃物を突き立てる。



「ぐああっ……だ、誰かっ! ……誰かいないのかぁっ!」



 必死に声を出すが誰も来ない。

国王の寝室は完全防音である事が災いしていた。

わざわざ睦事を臣下に聞かれたい趣味がある訳で無ければ当然である。

用がある場合は特別に響く呼び鈴を使う事になっている。

衛兵が居る場所も寝室から少しだけ離れた位置になっていた。

そもそもこんな所王宮の奥深くまで暴漢に侵入される事は想定していない。


 アウグストは床に崩れ落ちた。

即死ではない。だが刃物が完全に深く腹の背中側に突き刺さっている。

恐らく抜いた時点で大量の血が流れる事は間違いなかった。

暴漢がどこか陶酔した様な声を出してエヴァリーナに近づく。



「エヴァリーナ……迎えに来たよ」


「下がりなさい! 下郎!」


「!」



 エヴァリーナの叱責に暴漢が足を止める。 



「な、何を言っているんだ、エヴァリーナ」


「私は貴方に名前を呼び捨てにされる覚えはありません」


「そ、そんな何を言う。私は君の為を思って」



 エヴァリーナに対して必死に弁明する暴漢の背後から近づく影があった。

オリヴェルである。

冷徹な声が寝室に冷たく響いた。



「そこまでだ。私の娘に近づくな」


「!」



 オリヴェルは躊躇なく剣を振るった。



「ぎゃあぁっ!」



 切られた暴漢はアウグストの近くに倒れた。

気絶したのか死んだのか床に転がって動かない。

同じ床に転がる者同士、アウグストの視線が倒れたその暴漢のものと合う。

その顔に見覚えがあった。



「……っ……ヘルマン、か?」



 アウグストはエヴァリーナに執拗に迫っていた侯爵子弟を思い出した。

何故こいつが王宮の自分の寝室に? 

そう思ったが今はこの危機を救ってくれた頼もしい臣下に感謝する。

声で分かった。普段から聞き慣れている声だからだ。

同時にやはり頭の片隅で思った。なぜ彼がここに居るのか、と。



「ケ、ケストナー卿か? 助かった……早く人を呼んでくれ」



 だが、オリヴェルは動かなかった。それどころかエヴァリーナもそうだ。

何とか体を起こしてベッドにもたれかかるアウグストに触ろうともしない。

気が付かなかったがエヴァリーナはじっと彼を見下ろしていた。

何の感情も籠っていない、近づきがたく冷たい『氷の令嬢』の視線だ。

アウグストは背中の痛みを忘れてエヴァリーナを見上げた


「ど、どうしたんだ、エヴァリーナ……?」


「たった一度でもあなたに触れられるのは嫌でたまりませんでした」


「な、なんだと……」



 その言葉にアウグストは驚愕した。一瞬、深手の傷を負っている事も忘れる。

衝撃の一言を発したエヴァリーナは隣に居るオリヴェルにしな垂れかかった。

オリヴェルはエヴァリーナの腰に手を回して抱き寄せる。

そして二人はそのまま抱擁し熱い口づけをアウグストの眼前で交わした。



一体、何が起こっているんだ……。

 


 アウグストの脳が思考停止した。信じられない。信じたくない。

何より信じがたいのは父に体を委ねるエヴァリーナの表情だった。



『美しいがどこか近づきがたい』



 そう評されていた冷たい顔が完全に氷解していた。

エヴァリーナは顔を上気させ陶然とした目で男の胸に抱かれている。

艶めかしい女の顔だった。

あんな顔は今まで一度たりとも見た事は無い。



「気が狂ったのか!? お前達は……!」


「本当の親子、ではありませんわよ」


「ご存じでは無いのか? 私達の血はつながっていない。

自分の恥は息子には話していなかった様だな。

尤も、かの先王にとっては珍しくもない数ある戯れの一つなのだろうが」



(父上の女性にまつわる醜聞の一つという事か?) 



 今のオリヴェルの言葉と先ほどのエヴァリーナの言動を懸命に理解しようとする。

しかし、あまりの事に思考が追い付かない。

どういう事なのか。情報も少なすぎる。



「い、いつから……何時からだったんだ!」



 アウグストの声が完全防音の王の寝室に響く。

しかしその声が室外に漏れる事は無かった。

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