結婚と初夜
執務室には今日も高く積まれる書類の山があった。
しかし久々に面会等で時間を取られる事が少ない日なので休憩時間にアウグストは婚約者を王宮に呼び出した。
久しぶりの対面だった。
「久しぶりだな、エヴァリーナ」
「お久しぶりでございます、陛下」
「そんなに硬い態度を取らないで結構だよ。私達は婚約者なのだからね」
そう言ってアウグストはエヴァリーナに近づいて肩に手を置いた。
そのまま腰を自分に引き寄せるがエヴァリーナは軽く抵抗をした。
「陛下、どうか今はまだお控えください」
「……そうだな。すまない」
アウグストは内心舌打ちをしながらエヴァリーナを離す。
いつもこうだ。
決して嫌がっている風には見えないがエヴァリーナは必ず自分に一線引いている。
まだ婚約者だからという建前はわかるが今この部屋には臣下は入れていない。
その手の行動を起こそうと思えばいくらでもできる。
だがアウグストとしても無理強いは本意でない。
アウグストとエヴァリーナの間はもちろんまだ清いままだった。
一度強引にアウグストから求めて口づけを交わしたくらいだ。
(あと少しだ。エヴァリーナが卒業して式を挙げるまでの我慢だ)
これも一種の高尚な遊びなのかもしれない。
惚れた女性を目の前にして手を出さないで焦れている事も。
そう思い直してアウグストは笑顔で語りかける。
「早いもので君が卒業するまであと少しだな」
「はい」
「君が卒業したらすぐに結婚しよう。国民達もそれを望んでいる。何より私も……」
「仰せの通りに、陛下」
先ほどの穏やかな拒絶を感じさせない様にエヴァリーナは柔らかく微笑んだ。
アウグストはエヴァリーナのその表情を見て体がうずくのを感じた。
(しかし、今は我慢だ)
楽しみは後に取っておけば取っておくほど大きく、嬉しく、満たされるものだ。
欲望が解放されるまであと少しだけ待てばいいのだから。
アウグストは自分にそう言い聞かせる。
生殺しの様な一年超の期間が経過してエヴァリーナはついに王立学園を卒業した。
そして婚約時から予定が組まれた結婚式は無事終了した。
結婚式は敵対関係のない周辺諸国の国賓も招いてとても大掛かりな物であった。
即位時が簡素だっただけにこの時に挽回するかの如く。
王城と大教会を結ぶ大通りには祝福する人々の群れであふれかえっていた。
厳かに式が終了するとそのまま王城の大広間で披露宴が行われる。
各国の大使や王族を相手にしてエヴァリーナの振る舞いは非常に立派な物であった。
王立学園を卒業してすぐ王妃になったとはとても思えない。
各国の言葉を使い分けて和やかに会話を進めるエヴァリーナを横目に見てアウグストは自分の判断が間違っていなかった事を確信した。
そのまま二人共披露宴と云う名の簡易外交を行った。
各国の首脳と顔を会わせる機会はどの様な場でも外交上重要である。
アウグストの中にはまだ浮ついた気分は無い。
日が傾きかけ、来賓を如才なくもてなし終わった二人はようやくそれぞれの控えの間に移動した。
高級な椅子に身を沈めたアウグストは首元を緩めて一息ついた。
既に辺りは暗くなっている。今日ばかりは王としての仕事はもうない。
問題なく式を終えた二人に待つのはこれから迎える初夜のみである。
アウグストは早々に湯あみに向かった。
側付きの侍女に服を脱がせてもらい、体を充分に清めてもらう。
(今頃はエヴァリーナも……)
同じ様に体を清めているエヴァリーナの事を思う。
アウグストは侍女に手早く体を洗わせると周りを遠ざけた。
公にエヴァリーナを抱ける日がついに来た今日、年配の下女達を相手にする必要もない。
逸る気持ちを抑えて夫婦の寝室に行く。
扉を開くと軽い霧の様なものが揺蕩うのが見えた。同時に甘い香りもする。
(香か……?)
初夜のムードを高める為だろうが眠気を誘うその匂いに一瞬違和感を感じた。
しかし薄く揺蕩う煙の向こうに薄着のエヴァリーナが立っているのを見てどうでもよくなった。
「エヴァリーナ!」
「陛下」
アウグストは速足でエヴァリーナに近づいてその体を抱き寄せた。
流石に今日は抵抗がない。
(婚姻を結んだ以上、誰に憚る事もない)
アウグストはエヴァリーナと口づけを交わした。
そしてそのままエヴァリーナの軽く開いた口を思うが儘に蹂躙する。
「この時を待っていたぞ。エヴァリーナ、ついにお前を……」
「陛下……お待ちください」
「いや、待てない!」
女性を知らない訳では無いのに初めての時の様に胸が高鳴る。
豪奢な寝台にエヴァリーナを押し倒して荒々しくその着ているものを剥いだ。
疼きが止まらない。アウグストの理性ははじけた。