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それぞれの父と子

(エヴァリーナが王太子の俺の婚約者になる事には何の障害も無い筈だ)



 アウグストはそう考えていた。

実際の所、王太子の婚約者となるにあたってエヴァリーナに問題になる所はない。

それに第一、王太子本人である自分がエヴァリーナを望んでいるのだ。

本来すんなりと王太子の婚約者として決まっていい筈だった。


 あらゆる条件を満たしているエヴァリーナならば議会の承認も問題なく済む。

王族の順序を踏まえるならまず伯爵家と正式に縁を繋げてからの話だから早く公に認められる関係を築きたい。

そうアウグストは思っている。


 ところがアウグストの考えとは違って話は一向に進まなかった。

まず王宮から伯爵邸にいつまでたっても婚約を希望する通知が先方へ送られていない。

それどころかまるで接触している様子が無いのだ。


 父王陛下にその事を問いただそうにも最近は多忙の一言で会えない。

王宮秘書官に聞いた所でも陛下の指示が出ていないの一点張りである。

アウグストはいら立ちを隠せないでいた。


 一般人の様に家同士で話を通していない状態から付き合い結婚に至るケースも無くはないが王族では異例だ。

何故なら王太子の場合、只の妻を迎えるという訳にはいかないからだ。

王太子の婚約者になるという事は将来の国母を決めるという事でもある。

軽々に付き合い始めるという訳にもいかない。


 

(もし俺が第二王子という立場だったら状況も変わっていたのだろうか)



 アウグストは今ほど王太子という地位を疎ましく感じた事は無かった。

父は生みの母である亡き王妃を始め多くの女性と関係したが、子を生したのはなぜかアウグストだけだった。

アウグストは知らない事ではあったが市井では一時『ヴィルヘルム国王は種無し』などという下品な話が流布されていたくらいだ。

もっとも、アウグストが生まれて以来その噂は萎んでいったのだが。



(とにかく、このままでは埒が明かない。父上にもう一度強く確認をしなければ)



 王立学院に居る間も王宮に居る時も王太子として執務している時もアウグストの頭はその事で一杯だった。





 一方、ヴィルヘルムはヴィルヘルムで頭を悩ませていた。

なにせ息子が自分の妃と望んだ女性を強奪しようというのである。

それなりに息子を納得をさせる様な理由を作らなければならない。


 普通ならばそもそも悩むはずもない問題であったのだがこの男に関しては違う。

なまじ国王と云う地位に居て好きな女性を手当たり次第に自分のものにしてきた歴史がある。

そしてそこに至るまでの数々のいざこざは全て処理して来た。

現在も自分が王座についている事がその証明である。


 散々考えてから行きついた答えは裏で話を付けるしかないという事だった。

どうやらアウグストとエヴァリーナは表立ってまだ交際をしていないらしい。

こういう所はアウグストの王太子としての自覚ある振る舞いが幸いした。


 表立って何も始まっていない関係ならば裏で話を付ければよい。

娘を得るにはその親を金と権威で落とせばいい。

人買い同様の下種な発想だった。


 ヴィルヘルムは腹心の部下を使って伯爵家当主オリヴェル・ケストナーと連絡を取った。

秘密裏に国王の親書はケストナー伯爵家に届けられた。

国王からの親書を受け取ったオリヴェルはその中身を読んで呆れた。

現国王の父の時代からこの国の王族はとにかく女性問題が多すぎるとよく知っていたからだ。


 各国の王族からしたら血を継ぐ重要性から一人の王が複数の女性を娶るのは当然だと云うだろう。

しかし王と云っても民の支持あっての国王だ。

臣下や民の忠誠を得て長く太平の世を築いた名君も居れば、不満を持った臣下や民衆達に愛想をつかれてその座を追われた者もまた沢山いる。

この国王はどうなのか。オリヴェルの判断は間違いなく後者であった。


 オリヴェルは執務机の前で腕を組み、考える。

そしてしばらくしてエヴァリーナを呼んだ。

 


「お呼びですか?」


「エヴァ、お前の件で国王陛下から親書が届いた」


「親書?」


「ああ。お前を側妃に迎えたいとの事だ」


「私を? 側妃という事は……」


「そうだ。殿下ではなく国王陛下がお前を欲している」



 オリヴェルが国王からの親書の内容を伝えるとエヴァリーナの表情に驚きはなかった。

若干の呆れはあったが。



「そういう可能性は無きにしも非ずとは思っていたが、まさかな……」


「一体どういう事なのでしょうか」


「今までのお前の話を聞いて察するところ、親子でお前を取り合っている様だな」


「……アウグスト殿下の意志はこの手紙に介在しているのでしょうか?」


「いや、恐らく知らないだろうな。手紙にはアウグストのアの字もない。」



 恐らく国王は王太子から聞いて初めてエヴァリーナの存在を意識したのだろう。

そして、エヴァリーナがどの様な女性か詳細に知って急遽自分の側妃に欲したと思われる。

ケストナー伯爵家に娘が居ることくらいは勿論国王も知っている。

詳しく知ろうとしなかっただけだ。知る必要も無かったから。


 そのオリヴェルの推測は正しかった。

度を過ぎた女好きの男の思考ほど読みやすいものはない。

オリヴェルは自分の考えをエヴァリーナに伝えた上で続ける。

 


「陛下は今独り身だから関係各国との外交儀礼の際に相手を務める側妃が欲しいとの事だ」


「取って付けた様な理由ですわね」


「全くだな、今更。よりにもよってお前を指名する所もわからん。

が、勿論我々は王国の臣である以上断りがたい」


「……」



 ヴィルヘルムは正妻である王妃を病で失い、傲慢になる側妃達には嫌気を感じて全て解任した。

側仕えの侍女達を相手にした女遊びは絶やさないものの妃と呼べる存在は今は一人もいない。


 送られてきた手紙には伯爵家に対して異を唱えない様にする事もさり気なく書かれていた。

断った場合、ケストナー伯爵領の立場に起こりうる変化や伯爵領の外国との商取引関税での件などだ。

逆に同意さえすればその事に対して今まで以上に出来る限り配慮するとの事である。

手紙にはオリヴェルからすれば小賢しい脅しと懐柔が入り混じっていた。



「エヴァ、お前はどうしたい?」


「……お父様のお気持ちは?」


「勿論反対だ。だが、まあこれはこれで予想の範囲内でもある。ぎりぎりだが」


「そうですわね」


「あの親子がお前の容貌に喰いつかない訳がないしな。

親子そろって重度の女性中毒なだけはある」



 オリヴェルの言葉にエヴァリーナは苦笑した。

学園の生徒の貴族子女が見たことが無いエヴァリーナの素の表情であった。

少しして表情を改めてエヴァリーナはオリヴェルに告げた。



「お父様、この話お受け致しますわ」


「……わかった。では話を進めよう」

 

 

 こうして二人は国王からの申し出を承諾する事に決めた。

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