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伯爵令嬢エヴァリーナ

さわりだけ投稿していた物を改稿しました。

 伯爵令嬢エヴァリーナに纏わる噂は様々にあった。

目を見張る美貌、そして成績も優秀な素晴らしい才媛。

その逆の評価もある。

礼儀正しいが愛想が足りないというものがその代表格だ。


 エヴァリーナは数多くの貴族令嬢の中でもとりわけ目立つ存在であった。

そして彼女の通う王立学園には2歳年上のアウグスト王太子も在籍している。

男性女性にそれぞれ明らかに目立つ人物が一人ずつ存在する訳なのでその仲も噂になる。

共に生徒会に所属して過ごす時間が多い事もその噂に拍車をかけていた。


 勿論、未来の国王であるアウグスト王太子の心を射止めようという令嬢もいる。

侯爵令嬢ビルギッタがその筆頭格である。

しかし結局、周囲の者は皆同じ結論に辿り着いた。

どの様な令嬢が居ようと結局エヴァリーナが頭一つ飛び抜けているという事実に。

王太子妃の座にはいずれ彼女が納まるというのが衆目の一致する所であった。


 エヴァリーナ本人はと云うと自分からその話題に触れる事は決して無かった。

逆にその事について問われたり話題に出された時、彼女の答えはいつも同じだった。



「光栄です……でも過大評価ですわ」



 目元を伏せてそうとだけ答える。

その時だけはエヴァリーナの氷の様な表情は崩れた。

恥ずかしそうなその表情は年相応の少女に見える。

これは表情に乏しいエヴァリーナにとっては珍しい変化であった。


 男性は皆、叶いもしないのに王太子に嫉妬をした。

暗い瞳で彼女を常に視界に捉えているこの男もそうだった。



「エヴァリーナ嬢、先日の話は考えてくれたかい?」


「ヘルマン様……」



 足早に校舎の廊下を歩いていたエヴァリーナに付きまとうのは侯爵令息ヘルマンだ。

向上心が強く成績優秀なエヴァリーナはその日の授業が終わっても王立学園を後にせず図書室にこもる事が多かった。

学園にしかない学習に参考になる書物が沢山あるからである。

自主学習を終えてエヴァリーナが図書室を出た時間は今日も閉室ぎりぎりだった。

ヘルマンは人気が居ないのを見計らって接触して来たのだった。



「お付き合いするという事でしたらお断りした筈です。

あなたがというより、私には今は色々とやるべき事があるので」


「何も君の勉強の時間を邪魔したい訳じゃない。

でも私にとってもこの学園での時間は君と接触出来る貴重な時間なんだ」


「……」



 ヘルマンはそう言ってエヴァリーナの前に回り込んだ。

その動きと瞳に粘質的なものを感じてエヴァリーナは歩を止めた。

そして少しだけ後ずさる。



「……ヘルマン様には許嫁もおりましょう?」


「そんな事は言わないでくれ。彼女は妹みたいなものさ。

王立学園に在籍する時間も重ならないくらい年も離れている。私の心にあるのはたった一人だけだ……」


「伯爵家の馬車を待たせておりますので。失礼致します」



 全てを云わせない内にエヴァリーナは踵を返して廊下を歩きだした。

後ろ側の方にも下に降りる階段がある。

ヘルマンに前を塞がれていてはどうしようもないからだった。



「待ってくれ!」


「きゃっ!」



 後ろから追いついたヘルマンはエヴァリーナを階段側の壁に押し付けた。

長い廊下からは死角になって見えない。



「少しは私の話を聞いてくれ」


「離してください。この様な事が皆に知れたらどうなるかはお判りでしょう」


「君が聞いてくれないのがいけないんだ……。

頼む、エヴァリーナ嬢。後生だから私の想いを受け止めてくれないか」



 時間的にまだ誰か居そうなものだったが今はこの窮状に気付く者はいなかった。

エヴァリーナは大きい声をあげようとして一瞬躊躇する。

貴族令嬢にとってこの手の醜聞が立つ事は致命的だ。

ヘルマンにはかえって都合がいいのかもしれないが。


 躊躇している間に両手首をつかまれて身動きが出来ないエヴァリーナにヘルマンの顔が近づいて来た。

エヴァリーナは顔をこわばせて目をつむった。

しかし目的は達せられる事は無かった。



「やめたまえ!」


「!」


「殿下……」



 何処から来たのかアウグストがヘルマンの肩を押さえていた。

アウグストはそのままヘルマンの体をエヴァリーナから自分の方に強引に向けた。



「何をやっているのか分かっているのか、ヘルマン」


「……」


「すぐに消えろ。事を大きくしたくなかったらな」



 ヘルマンはアウグストを睨み一瞬エヴァリーナへ視線を走らせた。

そのまま何も言わずに去ってゆく。

そこにはエヴァリーナとアウグストだけが残されていた。



「……無事だったかい、エヴァリーナ嬢」


「え、ええ。助かりました、殿下……」



 アウグストはエヴァリーナの手首に跡が残っているのを見て本気で腹を立てた。

自分のものになる予定の令嬢を汚される所だったという勝手な思いだった。

内心で女性を物扱いする傲慢な所は二人とも変わらない。

その事を気が付かないのは本人達だけだ。



「気になるから私が馬車まで送って行こう。何も無くてよかった」



 アウグストはエヴァリーナをエスコートして階段を下りて行く。

さり気なくエヴァリーナの動向を気にしていたら思いもかけない場面に遭遇した。

報告をした側近がこの場に居なかったのはもちろん気を使っての事である。


 実はアウグストにとってこの場面は僥倖だった。

エヴァリーナに対して自分の頼もしい部分をアピールするまたとない機会となったからだ。

もちろん仕組んだ訳ではなかったが。


 去っていく二人を後ろから睨みつけながらヘルマンは独白した。

 


「エヴァリーナ嬢……私は必ずあなたを自分のものにする……」

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