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アルバに向かって  作者: 雨足怜
第一章 帝国新米回復兵
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8 裏切りの将たち

「また死神かッ⁉」


 帝国本陣。重鎮が並ぶその席で、一人の男が悲鳴のような声を上げた。円形テーブルの中央に広がる地図、そこに新たに加えられた被害規模を見て、誰もが言葉を失っていた。


 黒の死神。

 今回の戦争にて皇国が投入してきた強力な将であり、基本的に単騎あるいは少数精鋭で移動しては自分より大規模な集団を叩いて姿をくらませる部隊に帝国は煮え湯を飲まされ続けていた。


「……このままでは更なる被害は明らかだぞ?」


「テッド猛将が容易く倒れた時点で、もはや死神を野放しにしておくなど愚の骨頂。ここで死神を仕留めなければこちらの軍の士気は壊滅的だぞ」


「だがどうする?動き続ける死神を確実に殺す作戦など誰が編み出せるというのだ」


「……いっそのこと、死神殿には一戦場にかかりきりになってもらえばいいのではないか?」


 続いた男の言葉に、その場にいる誰もが呼吸を止めたように静寂が広がった。ぐふ、と醜悪な笑い声をあげるその男は、現皇帝の実弟にして、帝国軍司令長官。肥え太った豚か、あるいはウシガエルと形容するのがふさわしいでっぷりと太った腹を撫でる男が、ニヤリと笑みを浮かべる。


「最近、黒の死神は中央からわずかに逸れたこの砦付近で目撃情報が多く寄せられているわけだろう?ならば、そこに死神を釘付けにしておけばいい。何、方法などいくらでもあるさ、いくらでも、な――」


 狂気のにじんだ笑みを浮かべる皇弟に、賛成の声はもちろん反対の声も上がらない。

 その反応を受けて、彼は一同が自分の考えに賛同した者と見做して命令を下した。


「ぐふ、くふふふ、ふははははははッ!なるほど!これは快感だ。かつての皇弟が国土を割ったのも納得がいくものよなぁ」


 暗い密室にて文書をしたためながら皇弟は笑う。自分が感じるこの歓喜は、自分の人生にとっての目の上のたん瘤である皇帝を蹴り飛ばすこの快感は、かつて皇国を立ち上げた偉大なる皇弟のそれと同じものに違いあるまいと、そう思いながら。


「この国は泥船だからな。帝国から逃げるという行為自体は癪だが、皇国におけるバラ色の人生を思えば悪くない。あちらの女は実に美しいと聞くしなぁ」


 ぐふ、ふふ、と笑いをこらえながらしたためられる文書は、皇国のとある人物に当てられたもの。帝国は一つの砦を切り捨てる算段だ――そんな密告を書きながら、彼は自分に待ち受ける未来が輝く人生であると疑いもしなかった。






「また死神かッ⁉」


 帝国でとある高級将官が悲鳴を上げたのと同時刻。皇国の砦の指令室でも、一人の男がそんな悲鳴を上げた。

 その手に握られるのは戦果報告書。そこに記載された黒の死神の名を見て、男は報告書を握る手に力を込めた。くしゃり、と紙にしわが寄る。


 フーッ、と肩を弾ませながら荒い息を吐く男は、落ち着け、落ち着けと何度も自分に言い聞かせる。そうすればするほどに、内心の焦りと怒りは大きくなっていった。


「……このままでは手柄のほとんどが死神のものになってしまう……あの平民からの成り上がり者が、儂の上に立つというのか⁉そんなことはあってはならん!偉大なる貴族の頭を土足で踏むなど、断じて許される行為ではない!」


 皇国の貴族として誇りを持っている男は、自分が平民に追い抜かされることに耐えられなかった。

 だがどうする――男が頭を掻きむしりながら机に両肘をついた、その時。窓枠に白い鳥が止まり、ガラスをくちばしで小突いた。

 コンコン、というその音に我に返った男は、その鳥を見て眉間に深いしわを寄せた。


 執務机から立ち上がり、窓へと進む。そして、開いた窓の先に止まる鳥に触れれば、それは一瞬にして手紙へと姿を変えた。

 伝書魔法という特殊な術で送られてくるこの手紙の主は、ただ一人。なんとなく行った裏切り工作に見事に引っかかった帝国皇弟だった。


 ペーパーナイフを使うこともなく無造作に手紙を破いて読み始めた男は、そこに書かれている内容に眉を顰める。

 砦の放棄。この情報を上手く使えば、男が一つ功績を手にすることができる――が、せっかくの情報をそれだけにおわらせるのは惜しいと、そんなことを考えて。


「……死神ごと砦を潰すのはどうだ?」


 調子に乗っている黒の死神――彼を砦に向かわせた後、砦ごと破壊する計画を、男はひらめいた。

 男には、それが天啓に思えてならなかった。


「くははははっ、待っていろよ、死神。お前の棺桶はきちんと用意してやるさ」


 血走った眼を走らせながら、男は各所に送る伝令をしたため始めた。





 戦線に出ることもない貴族たちの悪意が、戦場へと流れて行く。

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