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シングルママ愛子 vol.82. 「おはようって、挨拶…」
「言葉もないよ。」
基子の頬を撫で、鼻を撫で、血色のない唇を指先で撫で、
基子の髪を撫で、ピクリとも動かない体を布団の上から抱き締め…。
そして右手で布団を握り締め…、
それでも一言も口に出せない川岸に、医師はそう呟く。
「力になれなかった…。」
悲壮な顔をして目を虚ろに、髪を乱しながらの医師は続ける。
「悔しいが…間に合わなかった…。」
看護師もその医師の言葉を聞きながら、立ち尽くすしかなかった。
「状況は電話でも伝えた通り…。私もここに来た時には…もう既に…。信じられなかった。まさか…こんな…。ドナーを探している矢先だった…。」
看護師も悲しく、そして暗い表情のままで…。
「看護師が巡視で回ってきたときには…おはようと、いつも通りに明るく挨拶したと言う。それが…一時間後には…。」
「基子さん、にっこりとした顔だった。私もいつもと同じ、おはようって、挨拶して部屋を出たの…、なのに…。基子さん…。」
「申し訳ない。力…及ばずだった。」