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シングルママ愛子 vol.29. 「見て、紅葉…。」
病室の手前まで来たと同時に、看護師がドアを開き廊下へ。
川岸に気付き、笑顔で病室に入るようにと勧めた。
「今日は少し、気分が良いようです。」
「ありがとうございます。」
「何かあったら…お願いしますね。」
看護師の静かな言葉に、笑みを投げて頷き、
「どうも…。」
「失礼します。」
ドアを閉め、上着を脱いで、椅子を持ってベッドの傍に…。
窓の外を見ていた基子が、その椅子の音に気付き、
基子が自分の右側の夫の顔に、
「…ん…、トシ…、来てたの。」
「ああ…、ただいま。今日は気分良いみたいだね。」
「うん、天気が良くって…、それに外の景色が綺麗なのよ。見て、紅葉…。」
「ああ、綺麗だ。モコみたいだ。」
「バカ、何言ってんのよ。ふふ…。」
「バカ、何言ってんのよはないだろう…、本当の事でしょう。」
布団の上に出した右腕を静かに夫の肩に伸ばし、
夫の体をベッドに引き寄せる基子。
ベッドに引き寄せられながら掛けてある布団を、
少しだけ捲って枕の下から左腕を伸ばし、
右手で基子の頬を撫で、基子の唇を親指で撫で、
そして自分の唇を重ねる。




