十五万円
今日は金を騙し取る気分では無かった。学校でも大してムカつくことは無かったし、今夜9時から放送する特別番組に大好きな俳優が出るし、気分がいい。というか、おじさんを騙す日は滅多にない。こうやって本当の自分とは真逆の女子高生になりすますのは、ほぼ毎日やってるけど。
時刻は6時過ぎだった。お腹が減ってきたし喫茶店で何か食べよう。そう思い立って、近くの喫茶店へ向かう途中、「あんた、可愛いね」という声が後ろから聞こえた。振り向いてみると若い男がこちらを見てニヤニヤと笑っていた。よくあることだから気にも止めずに歩くと、その男は
「無視かよ」と呟いてどこかへ消えた。
近くにお洒落な喫茶店があったから、そこに入ることにした。店に入るなり、店員が
「いらっしゃいませー」と、駆け寄ってくる。
店員に席を案内され、適当に注文を頼んでおいた。家に帰れば母親の美味しい晩ご飯が待っているから、あまり食べ過ぎては太ってしまう。それを考慮して、アイスココアだけを注文した。こんなものを頼むくらいなら、真っ直ぐ家に帰れば良かったかも。
店員がアイスココアを持ってきた、と思ったら違った。さっき声をかけてきた男があたしの目の前の席に座りやがった。しまった……。消えたと思ってたけど、ずっと付いて来ていたんだ。あたしはさっきのように強気な態度を取ろうとするが、怖くて怖くて仕方なかった。
「びびらないでよ」
男はそう言って不気味に微笑んだ。気持ち悪い。しかし男の見た目は普通で、どうも変態には見えない。むしろ服装はお洒落だし、顔もかっこいい方だ。あたしのタイプではないけど。
「びびってない。消えてよ」
やっとのことで生意気なセリフを言うと、あたしは男を睨んだ。色んなおじさんから言われて分かったのだが、あたしの目は大きくて少しつり目だから目力があるらしい。だからあたしに睨まれたら怖いはずだ。
「そんな怖い目して睨むなよ」
男はまた笑った。何だか生理的に受け付けなくなっていた。あたしはただ睨むだけで、言葉を交わすことさえしたくなかった。もしかしたら彼は睨まれることに快感を覚えているのかもしれない。
「睨まれたくらいで俺は怯まねーよ。なぁ、五万やるから、体売ってくんない?」
男は突然、援交を申し込んできた。この男なら金の力など借りなくても、すぐ彼女が出来そうな容姿だから不思議だった。よっぽど欲求不満なのか。それとも女子高生とヤリたいのか……。
その時、店員がやっとアイスココアを持ってきた。あたしは助けを求めようと店員を見たが、そそくさとキッチンの方へ逃げられてしまった。
「店員に言うつもり?『この男きもいんですけど』って。まぁ、その前に考えろよ。五万円ほしいだろ?」
男はそう言った時、もう笑ってなかった。冷たい目で見下すように、そして哀れむようにあたしを見ていた。
「五万? 少ない」
さすがに五万以上は出さないだろうと思って、少ないと言ってみると男は「じゃあ十五万でどう?」と聞いてきた。これにはびっくりした。そんなにあたしとエッチがしたいなんて……。気持ち悪い。本当に気持ち悪い。そう思ったのに、あたしは「いいよ」と承諾してしまっていた。
後悔してる頃には男の車の中だった。金に目が眩んだ。たったそれだけの理由で、たった十五万で、あたしはこの男に処女を奪われると思えば、嫌で嫌で震えが止まらなかった。馬鹿だ。馬鹿すぎる。こんな変態となんか、したくない。
車に乗って30分くらいして、男が
「着いたよ」と言った。それまで一切、話をしなかったし、外の景色も見ていなかったから、ここがどこだか分からなかった。とりあえず分かることは、目の前には城のようなラブホテルがあるということ。