ざっけんな
「よし。では、殺すとしよう」
そう言うと魔王は机の下から聖剣を取り出した。
「なるほどな。それで私の首をはねる気か」
立ち上がった魔王は笑みを浮かべ、聖剣を掲げて見せた。
「よく見ておけ」
「?」
「これを、こうだっ」
聖剣の端と端を素手でつかむと、右膝を、目にも止まらぬ速度で上げた。筋トレで鍛え上げた、ダイヤモンドよりも硬そうな膝頭で刀身を強打。結果は火を見るよりも明らかだった。
真っ二つに折れた聖剣を右手と左手に持ち、魔王は豪快に笑う。
「ガハハハハハハハハ。見たか、折ってやったぞ」
この期に及んでまだ処刑をもったいぶるとは。呆れていると、魔王がとんでもない一言を放った。
「よしっ。公開処刑終了っ」
「ん? え? は?」
「これにてコーナーを終了する」
「いや待てよ。待て待て待て。まだ生きてるだろっ、私がっ」
冗談じゃない。このままコーナーを終わらせてたまるか。
「殺せ」
「殺したではないか」
「どこがだよ。剣折っただけじゃねーか」
「聖剣こそ勇者の証。その聖剣を折ったのだ。つまり――」
魔王が私を指さす。
「貴様はもはや勇者でも何でもない。今、我の目の前にいるのは、ただの人間の小娘よ」
勇者は死に、私は生き残った。
「これからはただの一人の人間として自由に生きるがよい」
そう言って魔王は満足そうに大きくうなずいた。
「ざっ――」
「?」魔王が首を傾げる。
「っけんなっ」
腹の底から声が出た。
「今さら勇者意外の生き方なんてできるかよ。勇者じゃない私なんて私じゃねーんだよ。勝手に人に自由押しつけて悦に浸ってんじゃねーぞ」
「な、なんだと」
「お前が私を公開処刑できねーなら、私がお前を公開処刑してやるよ」
何かが吹っ切れていた。私は机に身を乗り出し、魔王に殴りかかった。勝てない、なんてもう思わなかった。ただ殴りたかった。そしてそれは叶った。
「こらっ、おいっ、ディレクターっ、何とかしてくれ」
「ぶっ殺してやるっ」
「ふふふふ」
「勇者さん、暴れないで。ルナさん、危ないから離れてて。アパー、ジングル、ジングルかけてコーナー終わらせて」
「あちゃー、放送事故だ」
「いいから早くジングルかけてCMいけっ」
ゾンビが叫んだ。私も何か叫んでいたし、魔王も何か叫んでいた。魔王の奥さんのハイエルフだけが目じりに涙を浮かべて笑っていた。
乱闘が収まるのとCMが明けるのが同時だった。魔王が額の汗をぬぐい、しゃべりだす。
「いやー、しかし参ったぞ。勇者よ」
「おい、早くこの縄ほどけよ」
私は両手首と両足首を縄で縛られ、さらに胴体を椅子にくくりつけられていた。
「ダメだ。また我を殴るつもりであろう。まったく。人に暴力をふるってはいけないと学校で教わらなかったのか」
「学校で習ったことと言えば、てめえを殺すために使えそうな戦闘技術だけだよ」
吐き捨てるように言ってやった。魔王は困ったように頬を指でかきながら、ハイエルフから紙を受け取る。
「メールが来ておる。ラジオネーム、スカル・エンペラー。『魔王ジールドのダークラジオを初回から聞いております、古参リスナーです。正直、今日の放送が今までで一番面白いです。これは齢二千を超えたしがない年寄りからのご提案なのですが、来週から二人でラジオとかやってみてはどうですかな?』」
一瞬の沈黙。
「いやー、それは難しいだろう。なあ、勇者よ」
「あり得ねー」
「だがしかし、二人でラジオをやってほしいというメールはバンバン届いているそうだぞ」
「知るかよ、そんなの」
「貴様はそれでいいかもしれんが、我は魔王。民意をないがしろにはできん。というわけで、今週で魔王ジールドのダークラジオは終わり。終了である。来週からは『魔王ジールドと勇者キサラのカオスレイディオ』をお送りするから、貴様ら、覚悟しておけ」
「いや、ちょっと待て。私は一緒にラジオやるなんて一言も――」
「さらばだ。ガハハハハハ」
抗議の声は魔王のバカでかい笑い声にかき消され、深夜のラジオは終焉を迎えた。
おもむろに魔王が席を立ちあがった。私は机に拳を叩きつけて言う。
「おい、どうすんだよ、来週から」
「知れたこと。ラジオをするのだ、我と、貴様で」
「私はやらない。なんでお前なんかと。ラジオなんて二度とごめんだ」
魔王は私の言葉になど耳を貸さず、少し眠たそうなハイエルフをお姫様抱っこして収録ブースから出て行った。
残された私は、心の中で叫ぶしかない。
ぜってー、やらないからな。