公開処刑のコーナー
「改めてゲストの紹介と行こうか。本日のゲストは、勇者キサラである」
「は、はじめまして。勇者のキサラです」
ハイエルフが拍手する。
「まさか我が呼び込む前から乱入してくるとはな。正直たまげたぞ」
「うっせーな」
「なんだ、その汚い言葉遣いは。貴様、勇者がそんな言葉遣いをしていいと思っているのか?」
「こっちはな、海わたってはるばる魔王倒しに来たんだぞ。なのに道中、人間は誰も私のこと助けてくれねーし、魔王は筋トレ中毒のふざけた野郎だし、とどめにあの新聞記事だ」
「どの新聞記事のことを言っておるのだ?」
「魔王の支持率は98%だ? 獄中でそんな記事読んだらそりゃグレるわ」
「ガハハハハ。すまんな、我、人気者で」
「調子にのるなよカス。さっさと進行しろ」
「まったく。すっかりやさぐれおって」
ハイエルフが魔王に紙を手渡す。
「うむ。メールが届いておるぞ。ラジオネーム、ノー・ライフ・キング。『勇者さん、こんにちは。私もあの新聞記事を読んで落胆した者の一人です。魔王は筋肉しか取り柄のないバカです。こんなバカを支持するバカが大陸中にわんさかいると思うと、不安で夜も眠れなくなります。ぜひ、今その場で魔王の首をはねてください。よろしくお願いします』」
「やりたいけど、手元に聖剣がねえ」
「あったところで我の首は斬れんよ。つづいて、ラジオネーム、ゴースト・ロード。『ユウシャサン、ハジメマシテ。タイプデス。ツキアッテクダサイ』」
「いや、いきなり言われても、心の準備が――」
「ちなみに勇者よ、貴様、結婚はしてるのか?」
「してないけど」
「恋人は?」
「いるわけねーだろ、勇者だぞ、私。そもそもキンヨー大陸では自由恋愛とか禁止だから。しかるべき年齢が来たら、大天使様が選んでくれた相手と結婚するって決まってんだよ」
運命は曲げられないし、曲げてはならない。耳にたこができるほど聞いてきた、大天使様の教えの一つ。
「うーむ」
魔王の反応が鈍った。恋愛のことをもっとつついてくるかと思ったが、それ以上は何も言わず、微妙な表情のまま、低く唸る。仕方ないので、私の方から話題をふってみる。
「そう言うお前は結婚してるみてーだな」
「まあな」
「奥さんはどんな人なんだ?」
「美人で賢くてやさしい世界一の妻だ」
「美人で賢くてやさしいって、そんな完璧な人、この世にいるか?」
「おるではないか。今、貴様の目の前に」
「へ?」
私は目線をそっと魔王の隣に移す。そこに座っているのは、ハイエルフの女性。
「あなたが?」
「はい。魔王ジールドの妻です」
ハイエルフはそう言って、魔王の頑強な肉体にふらっと寄りかかった。
「ガハハハハハハハハハ」
バカ笑いしながら、ハイエルフの華奢な体を抱き寄せる魔王。
「すまんな、貴様もリスナーどもも恋人などいないというのに。我ばかりが幸せで」
くそ。こんなの神様の采配ミスだ。どうして魔王のこいつがこんなに幸せで、勇者の私はひとりぼっちなんだ。
「あなた、メール読んでください」
「うむ。我に任せよ。ラジオネーム、ゴブリン・カイザー。『勇者さん、元気にしてますか? 俺です。迷いの森で会ったゴブリンです。魔王のもとに無事、たどり着けたと知ってほっとしています。また今度、森に遊びに来てください。ゴブリン総出で歓迎します。かしこ』」
私の反応をうかがいつつ、魔王が尋ねる。
「貴様、ゴブリン・カイザーに会ったのか?」
「ああ。すごくよくしてもらったよ」
「ん? 道中、誰も助けてくれなかったとか、言ってなかったか?」
「人間は、誰も、私のことを助けてくれなかった。むしろ攻撃してきた。道歩いてると、ガキが『魔王様を殺すなー』って卵とか投げつけてきて。大人は大人で『バカな真似はやめなさい』って諭してきたり、『とっととキンヨー大陸へ帰れ』とか言ってきたり。マジで人間とかろくでもねーわ。でもゴブリン・カイザーは、迷いの森で迷ってた私を助けてくれた。出口まで道案内してくれて、しまいには食料までくれた。じゃがいもとかにんじんとかキノコとか。このゴブリンだけだよ、魔王城に着くまでに私にやさしくしてくれた奴」
その緑のゴブリンは魔王とおなじぐらい体が大きくて、手には棍棒を持っていた。私は剣をかまえ、いつでも応戦できるよう呼吸を整えた。けど、ゴブリンからはまるで敵意が感じられず、剣を下ろして訊いた。
――魔王の命令を受けて私を殺しにきたんじゃないのか?
ゴブリンは朴訥な声で答えた。
――勇者が来た、勇者が来た、と小鳥たちが口々にわめいていたから、様子を見に来ただけだ。
それから、こう言った。
――ついてこい。出口まで案内してやる。
「まさか勇者である自分が魔族に助けられるとは思ってもみなくてさ」
自分の中の正義が少しだけぐらついた。
「そういや、もらった野菜、まだ食べてなかったわ。まあ、今さらか」
「明日、食べればよかろう」
「私に明日はないんだろ」
瞬間、ブースの中の空気がぴりっとした。
「茶番はもういい。さっさと殺せよ」
「ならば、リクエストに応えてやろうではないか」
魔王がスライムに目配せした。すると、ザシュっという切断音が鳴り、おどろおどろしいメロディが流れ出した。
「公開処刑のコーナー」
「は? コーナー?」
「説明しますね」
ハイエルフの澄んだ声がマイクへと吸い込まれる。
「このコーナーは、リスナーの皆さんが抱えている罪を告白してもらい、公開処刑に値するか、それとも無罪か、私の最愛の夫である魔王ジールドに判断してもらうという、そういうコーナーです。が、今週は特別に、勇者キサラさんをこの場で公開処刑させていただこうと思います」
「うむ。ついに来たな、このときが。ガハハハハ。勇者よ、どうだ、怖いか?」
「いや、つーか」
まだ茶番が続いている。いや、この茶番の最中に私は殺されるということか。
「勇者キサラよ。勇者として最後に言い残しておくことはあるか?」
「ねえよ」
「本当にないか?」
「ないって」
「いや、あるはずだ。言いたいことが山ほど」
自分に問いかける。
私の言いたいこと。
真一文字に結んだ口を開け、声を絞り出す。
「勇者になんてなるんじゃなかった」
静寂が場を支配した。誰も何も言わない。魔王は相変わらず横柄な態度で鎮座し、私の次の言葉を待っている。
「六歳のときには親元を離れ、勇者学校に入学した。毎日血反吐吐くまで剣をふるって、心を清めるためにありとあらゆる欲を断って、先輩、後輩、同級生、誰とも仲良くなんてならずにただ努力を重ねてきた。十年の修行の末、ようやく大天使様から聖剣を授かり、勇者になった」
息が続かない。吸って、また言葉を吐き出す、吐き出す、吐き出す。
「楽しいことなんて一つもなかった。それでも魔王を倒すためにがんばってきた。でも、結果はどうだ? 完敗だよ。魔王は私よりも筋トレを優先。勝負にすらならなかった。しかも苦しんでいると思っていた大陸の人間どもは魔王のことが大好き。なんだよ、それ。先に言っとけよ」
まだ言い足りない。けど、もういい。キリがないし、疲れるだけだし、どうせ死ぬんだし。
沈黙をたっぷりと味わった後で、魔王が尋ねた。
「言いたいことはそれだけか?」
私は力なくうなだれた。
「よし。では、殺すとしよう」