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支持率98%魔王とやさぐれ女勇者のカオスレイディオ  作者: 仙葉康大
第一章 公開処刑
5/50

乱闘

「待たせたな、愚民ども。『魔王ジールドのダークラジオ』の時間だ。頭を垂れ、ひれ伏して聞くがよい」


 魔王の横に座っているハイエルフが、音も立たないぐらいの小さい拍手をしている。


「貴様らに朗報だ。今週はスペシャルなゲストを呼んでおる。このラジオでも散々話題にしてきたあの人物だ。ゲストには番組の後半に登場してもらう。では今宵も、宴を始めるとしよう。『魔王ジールドのダークラジオ』。この番組は、悪魔と人間の架け橋、魔人銀行、メドゥーサ・グラス、労獄カード、カジノ・リヴァイアサン、転職酒場、奥多魔ゾンビランド、鬼ヶ島製菓、ハーピーエアー、ミノタウロス・バーガー、エキドナ寝具店、以上各社の協賛で魔都ゼヒラの魔王城をキーステーションにユーラク大陸全土にお送りする」


 すかさず稲妻のごとき短いメロディが流れ、一区切りつくと、スポンサー企業のCMが流れ始めた。


 この後、魔王のフリートークがあり、私の出番はその後らしい。


「見てください、勇者さん。メールがじゃんじゃん届いてますよ」


 ゾンビが四角い箱型の機械を指さして言った。


「だから私、機械音痴だからメールとか言われてもわかんねーんだって」

「手紙みたいなもんだよ。魔力電脳世界イヴィルネット経由ですぐ届くんだ」


 スライムが軽い調子で教えてくれた。ゾンビはパソコンと呼ばれる機械の画面を見つめたまま、手に持った機械をカチッ、カチッと指で叩いている。


「届いたメールは片っ端からプリントアウトして、構成作家のルナさんにわたします。そこからルナさんが厳選したものがラジオで読まれるというわけです」


 微かな作動音とともに大型の機械が紙を吐き出し始めた。そこにはこの大陸特有の禍々しい魔力文字が踊り狂っている。


「なになに」


 何枚か手に取って読んでみる。


『ラジオネーム、シンデモ。ゲストって勇者ですよね。楽しみです』


『ラジオネーム、ヤメンジャ。いつも魔王様一人のトークで押し切るというストロングスタイルでやってきたこの番組がゲストを呼ぶとは。見損ないました』


『ラジオネーム、ネーゾ。毎週聞いてます。魔王様、勇者にキンヨー大陸のこととか色々訊いてみてください。お願いします』


 プリンターという機械は止まらない。メールを印刷した紙を嵐のように放出している。


「うーん、これはボツかな。これは採用っ」


 そうして仕分けしたメールを持ってブースへ入るゾンビ。ハイエルフと二言、三言、言葉を交わし、彼女の真っ白な手にメールの束を渡し、またこちら側へ戻ってきた。


「CM明けまーす」


 ゾンビとは思えないほど陽気な声でそう言うと、また短いメロディ――ジングルというらしい――が流れ、録音のタイトルコールが響いた。


「魔王ジールドのダークラジオ」


 ワンテンポ置いて魔王がしゃべりだす。


「では貴様らに我の渾身のフリートークをくれてやるか。つい先日、一週間ほど前のことだ。夜、我は例のごとく日課の筋トレをしておったのだ。自室で、窓から差し込む月の光に汗をきらめかせ、今宵はどんなふうに妻を抱いてやろうかと考えつつ、そりゃあもう熱心にスクワットをしてたわけだ」


 魔王に妻がいるとは聞いていたが、抱くとかそういう生々しい話をするんじゃねーよ。私は耳の付け根を掻きながらブースから目をそらした。しかしいくら目線をそらしたところで、声は否応なしに聞こえてくる。


「すると何の予告もなく扉が開いてな、振り返ると、そこにいたのは妻でも部下でもラジオスタッフでも四天王でもない、人間の女よ。歳は十五、六ぐらいか? どういうわけか、初対面のはずなのに、なぜか見覚えがあるような気がしてな。その娘の特徴はというとだな、髪はパツキンで肩にはかからぬ程度の長さ。目は若干の吊り目で、悪そーというか勝気そうな印象がビンビンに伝わってくるのだ。しかも手にはキンキラキンに輝く剣を持ち、我をにらんでおるではないか。そこでようやく我は得心した。こやつがリスナーどもが言っていた勇者か、と」


 にしてもまあ、よくしゃべる。こんなもん、魔王の威厳もへったくれもねーな。こいつは何がしたいだよ。圧倒的な力でこの大陸を支配している魔王が、なんでこんな放送してるんだよ。ゾンビに聞こうかと思ったが、ゾンビがすごく真剣な顔で魔王の話を聞いてるから、やめた。


「つまり、勇者の容姿に見覚えはなくとも、聞き覚えはあったわけだ。貴様らが毎週毎週、我が頼んでもいないのに、勇者をどこそこで見たとか、そういった情報をメールで送ってくれたおかげだな。礼は言わんぞ。断じて言わんからな。このくそリスナーどもが」


 理解できない。


「おい、ゾンビ」

「はいはい、なんでしょう」

「文脈から察するに、リスナーってのはこのラジオを聞いてる奴らのことじゃねーのか?」

「そうですが?」

「くそとか言っていいのかよ? リスナーは私の情報を魔王に知らせてあげてたんだろ?」

「ああ、それはですね」


 ゾンビの青緑色の頬にえくぼができる。


「リスナーは、あなたのことを応援していたんですよ。魔王様ではなくね」

「え? なんで?」

「そっちの方が面白いから。魔王様はラジオでは、リスナーから叩かれ、なめられ、馬鹿にされるキャラでやってますから」


 魔王が叩かれ、なめられ、馬鹿にされる? そういうキャラ? 本格的にわけがわからなくなってきた。


 こめかみを押さえていると、スライムがのんきな声で言った。


「過去の放送、保存してあるけど後で聞くかい?」

「いや、いい」


 そもそも、私に後なんてないのだ。


「いやー、しかし、勇者というのは非常識極まりないぞ」


 魔王の声が大きくなってきた。


「普通、夜に来るかね? 夜に。それもド深夜。しかも手土産の菓子折りの一つもなし」


 魔王が勇者に菓子折り期待してんじゃねーよ。


「しかも来るなり、筋トレ中の我に斬りかかってきて。とんだ不躾サイコ女である。まったく。貴様はなんだ、オオカミの群れにでも育てられたのか? だからそんなに好戦的なのか? ってこっちは思ってしまったぞ」


 言いたい放題言いやがって。


「そのくせ我に勝てぬと悟るや否や負けを認め、殺せなどとほざきおる。根性がまるでない、と我は思ったわけだが、貴様らもそうは思わんか?」


 何リスナーに呼びかけてんだよ。腹立つ。


「奴の面白いところはまだあるぞ。なんと彼奴あやつ、ラジオのことを知らなかったのだぞ。知らないだけならまだしも、ラジオを地名だと勘違いしておったわ、あのたわけは。バカにもほどがある。ガハハハハハハハハハ」


 もう我慢の限界だ。あの顔面を一発殴らないと気がすまない。死ぬに死ねない。

 何も考えずに収録ブースへ飛び込む。床を蹴って高く飛ぶ。


「てめーーー、ざけんなよおおお」


 絶叫とともに繰り出した拳が魔王の顔面にヒット。やった。


「ぐはっ」


 魔王がわざとらしく声をあげた。ダメだ。一発じゃ収まらない。


「ぶっ殺してやる」


 汚い言葉を吐きながら殴る。蹴る。頭突きをお見舞いする。


「乱闘、乱闘だー」


 ゾンビが慌てて止めに入る。スライムは「わーい、もっとやれー」とはやし立て、ハイエルフは目を閉じたまま、静かな笑みを口元にたたえている。


「よしっ。いいだろう。あの夜の続きだ。今ここで魔王と勇者の戦いに決着をつけてやろうではないか」

「望むところだ」

「ゆ、勇者さん、落ち着いて。魔王様も煽らないでくださいよ。ちょっといったんCM入ります」


 CM中も私は暴れるだけ暴れまわっていた。もう自分でもコントロールできなかった。そのとき、そよ風のような呪文のささやきがかすかに聞こえた。途端、頭の奥が急速に冷えて、体から力が抜けた。


「収録ブースでは暴力は控えましょうね」


 優しい声音でそう言ったのは、ラジオ放送中、ずっと魔王のそばで話を聞いていた、銀髪のハイエルフだった。


「CM明けるまであと一、二分だよー」


 スライムの声が機器を通して収録ブースに響いた。ゾンビが慌てて尋ねる。


「勇者さん、このままトーク行けそうですか?」

「トークってまさか私が話すのか? ラジオとかやったことないのに?」

「馬鹿が。ゲストである貴様にフリートークなんぞ求めるものか。我が質問するから、貴様はただ答えればいい」


 それならできそうだ。でも、魔王の態度がクソでかくてムカつく。


「お願いですから、暴力沙汰だけは勘弁してくださいよ。殴り合いなんてしてもラジオじゃ伝わらないんですから。こっちで、がんばってください」


 ゾンビは口の前で手を動かすジェスチャーをしながらブースを出て行った。


「ふん」


 魔王は鼻を鳴らし、椅子にどかりと腰を下ろした。


「何を突っ立っておる? 貴様も座れ」


 私は魔王の真向かいの席に座った。ハイエルフにマイクという機械とマイクのオンとオフと操作するカフという装置の使い方を教えてもらっているうちにCMが明けた。

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