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精霊と聖剣

「風の精霊。その魂まで汚れた娘を勇者と呼ぶとは、万死に値します。キサラを殺し、魔王を殺したあとは、あなたを殺してさしあげましょう」


 タリナイの剣の重さに私は片膝をついてしまう。


「いいえ、今日滅ぶのはあなたです」


 シルシーの声とともに剣から風が轟いた。タリナイが吹っ飛ぶ。


「ただの風の精霊ではないようですね。いいでしょう。焼き尽くしてあげます」


 タリナイの剣先に超高密度の小さな太陽が生まれた。


 急激に気温が上がっていく。


 呼吸ができない。のどがひからびる。処刑場の周りに伝わる森の木々が自然発火していく。


 まさに地獄絵図。が、そんな地獄は数秒ともたなかった。


 水の精霊ミミが手を合わせると、天から慈雨が降り注ぎ、火も熱も洗い流した。


「キサラさん、さっさとやっちゃおう。あんな奴」


 チッチはそう言うと、聖剣の刃に宿り、刀身をあかくした。私は体中の痛みも忘れて剣をふるう。


 金属音が鳴り響く。


 タリナイの剣に阻まれた私の剣は、熱く燃え上がり、炎をあふれさせた。タリナイの体に乗りうつった炎は風に吹かれて燃え盛る。


 タリナイが天を睨む。すると、天から金色の雨が降ってきた。が、その雨は燃えているタリナイをよけるようにして落ちて行った。


「無駄よ。天に対してはあなたの天候魔法よりも私たちの方が上位の権限を有しているもの」


 ミミが自身の髪の毛を指でいじりながらそう言うと、タリナイは炎の中で目を細めた。


「まさか、いや、あの精霊たちは封印されたはず」

「ごちゃごちゃうるせー。焼き切るっ」


 チッチが火力を上げる。タリナイの剣がどろどろに溶けていく。


 聖剣がきらめき、タリナイの首めがけて走る。なのにタリナイはまったく焦っていない。異様な落ち着き。まるで首をはねられようが、何も問題ないような無表情。


「うっ」


 人柱魔法のことを思い出し、寸でのところで剣を止める。


「ど、どうして止めちゃうんだよっ。キサラさん」

「ダメだ。タリナイへのダメージはすべて勇者候補生へ転送される」

「「「なっ」」」


 シルシー、チッチ、ミミが驚いた隙を、タリナイは見逃さなかった。一瞬で光の剣を精製し、飛び回るシルシーを斬りつけ、私の肩から顔をのぞかせていたミミを握りつぶし、剣に宿っていたチッチを重力魔法で地に磔にし、天より隕石を降らせた。


「がっ」


 こぶし大ほどの小さな隕石がチッチに直撃した。私はあわててチッチを手ですくいあげる。


「だい、じょうぶ、精霊は、死な、ないから」


 息も絶え絶えにそう言うチッチ。


「ですが、力はかなり削られてしまいました。すみません。タリナイが天候魔法だけでなく、天体魔法まで使えるなんて。こちらの認識が甘かったです」と片翼を失ったシルシー。

「私も。もう小雨を降らせるので精一杯だわ」


 ミミが地面に倒れたままそう言った。


「ありがとう。みんなは後ろで休んでて。あとは、私がやる」


 剣を握る。

 タリナイは、悠然とかまえた剣ごしに私を見つめている。

 昔を思い出す。

 かつて何度も、何度も何度も、こうして向かい合ってきた。剣聖と謳われているこの大天使と。


「行きます」


 まっすぐ走る。真正面から斬る。小細工はなし。タリナイの剣が私の剣をはじく。すぐに次の剣撃が私の脇腹を狙ってくる。受ける。斬る。受ける、受ける。斬る。


 呼吸の乱れまくっている私に対し、タリナイは息をしていないかのように無表情のまま、正確無比な斬撃を繰り出してくる。上腕を、足首を、膝を、浅く切られはするものの、致命傷はもらっていない。


「さすがにしぶといですね」


 いったん距離をとるタリナイ。私は追わない。ていうか、追えない。そんな余力は残っていない。


「アカリ」


 タリナイが名を呼ぶと、天使とハイエルフの混合軍団の中から一人の娘が進み出てきた。


「はいっ、お呼びですか、タリナイ様あっあっと」


 出てくる途中でつまずき、こけそうになったその娘は、ポニーテルを揺らして、なんとか体勢を保ち、こけずにすんだ。鞘に納めらた剣を大事そうに胸に抱きかかえている。


「今の一連の剣技、見ていましたか?」

「はいっ。タリナイ様も勇者様、あ、いけない。勇者様って言っちゃいけないんだった。えっと、キサラ様も、すごくて、すごく勉強になりました」


 そう言ってまぶしいほどの笑顔を見せるその娘には見覚えがあった。年末、キンヨー大陸に帰省したときのことが思い出される。


「お前、タリナイ様と修行してた――」

「あ、はい。私、勇者候補生のアカリって言います。キサラさんのこと、みんなは忘れちゃってますけど、私はちゃんと覚えてます。なんか、特例? というやつみたいです」

「この子の教育のためには、キサラ、あなたに関する記憶を奪わない方がいいと、そう判断しました」

「へえ。ずいぶん、そいつを気に入ってるんですね」

「はい。この子はあなたを超える、いえ、歴代のどの勇者をも超える勇者になります」

「やったー。うれしー」


 飛び跳ねるアカリ。


「まあ、バカなのが玉に瑕ですが」

「ひどいです、タリナイ様」

「いいですか、アカリ。キサラの動きをよく見ておきなさい。こんな機会、もう二度とないのですから」


 ないだろうな。十中八九、私は今日、ここで死ぬ。


「あーあ」


 魔王に敗れたときのやさぐれ感が戻ってくる。こんなの勝てるわけねえだろ。そもそも、人柱魔法さえなかったら、四精霊の力でさっき勝ってたんだよ。


「だいたい、せこいんだよおおお」


 私はない力をふりしぼって駆けた。タリナイの体のどこでもいいから一太刀浴びせてやるという覚悟でもって、やけくそ気味に剣を振る。最後の悪あがき。防御を捨て、捨て身で攻撃を繰り出し続ける。でも、そんなものは長く続きはしない。案の定、体力はすぐに底をつき、足払いされ、こけ、すぐさまタリナイの剣が私の首めがけて振り下ろされた。


 四精霊の悲鳴とミーティアの絶叫。


 来たる死を受け入れようと私が目を閉じかけたそのとき、大地が青白く光り、精密な魔法陣が浮かび上がった。


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