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あとは頼んだ

 この光は、いや、まさか、あり得ない。


 しかし、突如として現れたそのお方は、まぎれもない、大天使長タリナイ様だった。背中から生えている雲のように真っ白な一対の翼。肌の色も着ている布もすべてが白。唯一、瞳だけが真っ黒で底知れない。


「魔王ジールド」


 冷厳な声が城全体に響いた。


 魔王はまったくひるむことなく、あごをあげて言う。


「大天使タリナイ」

「あなたを連行します」

「ふん。ちょうどいい。我も貴様を一発ぶん殴ってやりたいと思っておったのだ」

「いや殴るな、殴るなよ。タリナイ様が死んじゃうだろ。っていうかなんでタリナイ様がここに」


 てんぱる私を無視して、タリナイ様は言う。


「私を殴れば、何の罪もない子供が一人、死ぬことになりますよ」

「何だと?」

「私へのダメージはそっくりそのまま勇者学校の生徒へ転送されると言っています」

「そんなことが可能なのか?」


 魔王がルナに尋ねる。


「転送魔法と生贄魔法それに同時性魔法を練り合わせて編み上げる、七大禁忌魔法の一つ、人柱魔法。できないこともないけれど、そんな高度な魔法を天使が使えるとは」

「ハイエルフの長老たちに頼みました」


 ルナさんが一気に青ざめる。


「大天使が子供を盾に使う手助けを、あいつらがしたの?」

「あなたもハイエルフなら知っているでしょう。彼らの腹黒さを。今回の取引で彼らは天界からとんでもない量の恩恵と特権を――」

「聞きたくないわ、そんなこと」


 ルナさんが手を前に出す。同時に大天使様が動く。腰から降りぬいた剣が、私の喉の一寸先で止まる。


「私を守る人柱魔法を解除しようとしていますね。いいですよ。おやりなさい。この剣先がキサラの喉を切り裂いてもいいなら」


 歯を食いしばり、ルナさんが指を折りたたみ、手を下におろす。


「それでいいのです。何もせずにいなさい」

「タリナイ様、なんでこんなことを」


 震える声で私は問う。タリナイ様は私の方を見もせずに答える。


「愚問ですね。勇者の使命は魔王を殺すこと。大天使の使命は勇者を導くこと。しかし、何人もの勇者を送り出してきましたが、魔王に勝てた者は一人もいません。しかも、最後に送り出した勇者は、魔王と親しくなるという大罪を犯す始末。けれど安心してください。あなたは役に立ちましたよ。というより、あなたの生存なくして、今回の魔王討伐作戦は決行できなかったのです。あなたが生きて魔王のそばにいること、それが何よりも重要でした」

「ど、どういうことですか?」

「あなたがいたから、私はここに来れたのです。これだけ言えば、そちらのハイエルフはお気づきでしょう。これ以上の説明は不要。魔王ジールド。私たちはあなたの首をとるため、三か月という時間をかけ、この作戦の準備を進めてきました。これより二十四時間以内にあなたの首を必ず斬り落とします。無駄な抵抗はやめて私についてきなさい。さあ」


 タリナイ様がさしのべた手を、魔王ははらいのけた。


「誰が貴様の言いなりになるか」

「では仕方ありませんね。先にキサラの首を切ります」


 刃がのどへ沈みかけた瞬間、魔王が鋭い声を出した。


「待てっ」

「手を取りなさい。魔王ジールド」


 魔王は軽くため息をつくと、困ったように笑った。


「あとは頼んだ、ルナ」


 魔王の手がタリナイ様の手に触れた瞬間、二人は虹色の光とともに消え去った。

 沈黙だけが残った。


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