ブースの中で
また筋トレしてやがる。
魔王城最上階、魔王の間に連れてこられた私は、舌打ちしそうになった。
「よく来たな、勇者」
スクワットをしながらそんなことを言う魔王。ぶっ飛ばしてやりたいが、それができたらとっくにやってる。
「予告通り、今夜は貴様をラジオで公開処刑してやるからな。覚悟しておけ」
「覚悟も何も、こっちは抵抗する気力すら残ってねーんだから、ラジオへでもどこへでも連れていけよ」
「貴様、若干だが、言葉遣いが荒くなってないか?」
そりゃあ荒くもなるだろうよ。自分は無力で、しかも、極悪だと思っていた魔王が大陸中の民から厚い支持を得ているなんて、私の努力は何だったんだって話だ。さっさと処刑地へ連れて行って殺せよ、バカ。
「ラジオってのはここから近いのか?」
「近いというか、あと十五分もすれば始まるな」
「始まる? ラジオが始まるってどういう意味だ?」
「文字通りの意味だが?」
よくわからない。
「ラジオってのは、場所のことじゃないのか? そこで私は殺されるんじゃ」
「その通り。ラジオは居場所だ。そこで勇者であるお前を殺してやる」
「じゃあそろそろ、収録スタジオに向かいましょうかね。顔合わせもしときたいんで」
ゾンビの提案に魔王が重々しくうなずく。
二人はそのまま魔王の間の隅に向かって歩いていく。
「何を呆けておるのだ、勇者よ。来い」
「なんなんだよ、いったい」
悪態をつきながらあとを追う。隅には鉄扉があった。鉄扉にはこの大陸の文字で「収録スタジオ」と彫られている。
運命のように扉が開いた。
魔王、ゾンビにつづいてその部屋の中へ足を踏み入れた私は、眉をひそめた。私の出身大陸ではまず目にすることなどない邪悪な機械類の数々がそこにあったから。部屋の中には透明なガラスで仕切られた小部屋があり、机の上には細長いフォルムの機械が二つ置いてある。
「勇者さん。それでは、スタッフの紹介をさせてもらってもいいですかね?」
機械に目を奪われていた私に、ゾンビが言った。見ると、ゾンビの横に流麗なハイエルフが立っている。そのそばの椅子には青いスライムが飛び跳ねている。
「おいら、スライムのアパーだよ。ミキサー担当なんだ。よろしく」
つづいてハイエルフが目は閉じたまま、清楚な唇を開く。
「ルナ・イトオールと申します。構成作家をしています」
「そして私、ゾンビのスターツがこの番組のディレクターというわけなのです」
いや、というわけなのです、って言われても。
「あれ? あまりピンと来てませんか?」
「率直に言って意味不明だけど」
「ガハハハ。勇者、さては貴様、ラジオに出るのは初めてか?」
「いやだから、ラジオって何なんだよ。こっちはまずそっからなんだよ」
「あ、ラジオというのはですね」
「スターツ。説明は後にしろ。もう本番まで五分もないぞ。勇者は呼び込むまでここで待機。よいな?」
いいも悪いもあるかよ。どうせ殺されるのに。
「何か言いたげな目をしているな」
「別に」
「ふん、まあいい。今は何もしゃべるな。後で存分に話させてやる」
そう言うと魔王はいまだに両目を開かないハイエルフの女の手を引いて、ガラス張りの小部屋に入った。
私のもとにゾンビが寄ってくる。
「今、魔王様がいる小部屋を収録ブースと言いましてね、あそこであの卓上のマイクという機械に向かってしゃべったことが、魔力電波に乗って大陸中に届くんです。それがラジオ、というわけです」
「天使様がなさっていたお告げ、みたいなもんか」
「そうですね。ただ、天使のお告げが一方的であるのに対し、ラジオは双方向なんです。パーソナリティーとリスナーの」
本番が始まるまでの数分間で、この腰の低いソンビのディレクターはできるだけのことを私に教えようとしてくれた。けど、数分というのはすべてを伝えるのにも、すべてを理解するのにも短すぎる時間だった。
「まあ、詳しいことはおいおい説明しますので」
「ねえねえ、ディレクター、もう曲流していい?」
「アパー。頼むから二十五時きっかりに曲を流しておくれ。ほら、あとちょっとの我慢じゃないか」
そう言って間もなく、ゾンビがカウントを始めた。
「本番まで五秒前、四、三、二」
一は言わずに手で振って合図を出した。曲がかかる。打楽器がビートを刻み、金管楽器がメロディーラインを吹き上げる。ゆったりめのテンポの少しにぎやかな曲。
ブースの中で、魔王の口が、開けてはならないパンドラの箱のごとき禍々しきその口が、今、開かれた。