豚まん
年明け一発目の放送に臨むべく、収録室に入る。
すでに魔王もスタッフも勢ぞろいしている。
「あけましておめでとー」
アパーが明るく声をかけてくる。
「おめでと」
とは言っても、もう一月七日だ。正月気分も抜けてきている。
いつも通り打ち合わせなしで本番が始まる。
オープニングトークは新年の抱負とか訊いてお茶を濁す。魔王はすげえ答えづらそうにしていた。新年の抱負とかねえよな、別に。
タイトルコール後のCM中に私は魔王に言った。
「先に言っとくけど今日のフリートーク、面白い話じゃないかもしれねえから」
「かまわん」
「悪いんだけど、私のフリートークで変な空気になったら、てめえのフリートークで盛り返してくれ」
「任せておけ。貴様のケツなどいくらでも拭いてやる」
「その言い方は腹立つ。あとキモいしセクハラだからな、それ」
そんなことを言いあってるうちにCMが明けた。
「えー、結論から言っちゃうと、勇者、帰省しました」
「ん? そうなのか?」
「ん? そうなのか、じゃねえんだよ。魔王ならそれぐらい把握しとけ」
「いや、すまんな。どうやって向こうの大陸へ渡ったのだ? 船か?」
「ちょっと待って。まだ移動手段云々の話をする段階じゃない」
「ほう」
「そもそも私は帰省する気とかなかったんだよ。キンヨー大陸に戻ったところで、魔王に負けた勇者のことを誰が迎えるって話だ」
「そうだな」
「あ? お前、喧嘩売ってんのか?」
「いや、売ってない。断じて売ってない」
舌打ちして話を続ける。
「なんで帰省する気になったかっつーと、ウソコのせいなんだよ。あいつ、私が帰省しないなら、自分も帰省しないで魔王城に残るとか言い出しやがってさ。帰省しろっつってんのに、しねえの。ざけやがって」
「今日は一段とやさぐれているじゃあないか、勇者。さては帰省先であまりいい思いをしていないな」
「お前、人のトーク先回りしてんじゃねえよ。殺すぞ」
「すまん」
「えーっと、どこまで話したっけ。そうだ。ウソコが残るって言うから、私はもう仕方なく、ウソコを帰省させるために帰省することにしたんだよ。聖剣と財布だけ持って、ジャージの上にペガサスの毛皮のコート着て、大陸の西端の港へ向かったわけ」
「うむ」
「港は年末だからか、魔族や人でごった返しててさ。屋台とかもたくさん出てたな。クラーケン焼いたのとか、人魚の涙のジュースとか売られてて。あと、豚まん。普通に豚まんが売ってやがんの。しかも港周辺はもう寒風がびゅうびゅう吹いてるから寒い寒い。私もう真っ先に豚まん買いに行ったね。でも列ができちゃっててさ、並んでるうちに大陸間フェリーがまもなく出港しますってアナウンスが聞こえて、もう急いでフェリーに乗り込んだのよ」
「豚まんは?」
「買えなかった。まあ、それは別にいいんだけどさ。こっちだって豚まん買いにきたわけじゃねえんだから。帰省するためにフェリーに乗ろうと思って港に来たんだから、フェリーに乗れて万々歳だよ」
「とてもじゃないが、そんなふうには見えんぞ。後悔しているな、貴様」
「いや、これ、豚まん買えなかったっていうフリートークじゃないのよ。それに、後悔ならもっともっとでかい後悔たくさんしてきてるから、豚まん買えなかったぐらい何ともないね。ノーダメージ」
少しの間を入れて仕切りなおす。