勝つことより負けることの方が多いんだ
諦めかけたそのとき、私はメールの束の中から見慣れたラジオネームを見つけだした。前置き無しで読む。
「ラジオネーム、ノー・ライフ・キング。『勇者さんと火竜が力を合わせて魔王を倒す。いいと思います。しかし、厳しいことを言わせてもらえば、勇者と火竜が手を組んだところで魔王には勝てないと思います。圧倒的に戦力が足りません。それほどに魔王ジールドは強い。では、どうするか? 単純明快な答えがあります。私も加勢します。戦闘に関しては少しばかり自信がありますので、お役に立てると思います』だって」
「うわ。やべえ奴来た。ノー・ライフ・キングってあれだろ。魔王軍の四天王じゃん。いいの? 魔王倒すのに協力するとか言っちゃって」
「まあ、魔王と四天王の不仲はもはや公然の秘密だからな」
火竜はそう言うが、私は実際、四天王の面々がどのぐらい本気で魔王を嫌っているのか、まだ測りかねている。単にラジオでのネタとして、プロレスとして言ってるだけじゃねーのか。それはさておき、メールを読む。
「ラジオネーム、ゴースト・ロード。『マオウタオス、サンセイ。ボクモテヲカスヨ』」
「また四天王」
「ラジオネーム、ゴブリン・カイザー。『俺も一枚噛ませてくれ。あいつと肉弾戦で張り合う自信がある』」
「とんでもないことになってきたぞ」
「ラジオネーム、スカル・エンペラー。『わしも行くぞ。若いもんには負けておれんからのう』
「骸骨じじいまで来た。四天王揃い踏みじゃん。ヴォンさん、これ行けますよ。勝てます」
「無理だよ」
海竜に冷や水を浴びせかけたのは、火竜だった。
「力貸してくれるってのはありがたい。四天王全員が加勢に来るなんてすごいことだよ。でも、無理なんだよ。力を合わせれば勝てるとか、そういうレベルの話じゃねえんだよ」
「いやでもいくら魔王でも、これだけの強者たちを一度に相手するのはきついでしょ。意外とすんなり勝てたりして」
「お前はっ、あいつと直接やりあってねえからそんなこと言えんだよ。あいつのすごさを肌で感じたことねえから、勝てるとか言えんだよ。勝てないのっ、誰もっ、あいつには」
海竜がうなだれる。助けを求めるように私の方を見てくる。
「勇者ちゃんからも何とか言ってやってよ。希望はあるでしょ」
「ないです」
私は言い切った。
「誰が束になっても、あの筋肉バカに勝つ未来はちょっと思い描けないです」
「勇者ちゃんまでそんなこと言うの?」
「これが魔王とやりあったことのある奴の意見だよ。所詮お前らは魔王の怖さ知らずに言ってるだけなのよ。魔王に勝つなんて無理。これが結論。この世の真理。ナンバーワンはあいつ。俺じゃない」
「俺、ヴォンさんの口からそんな台詞聞きたくないっす」
「聞きたくなくても聞け。いいか。人生なんてな、勝つことより負けることの方が多いんだ。俺は魔王に負けた。勇者も魔王に負けた。海竜のウォンだって毎日、鮫とかクジラとかに負けてる」
「いや、さすがにそれはないです。バカにしすぎ」
「いいから聞けよ。負けて強くなるなんて巷じゃ言うけど、ありゃ嘘だね。負けても全然強くなんてならない。負けて、負けて、また負ける。その繰り返しよ」
火竜の声が、言葉が、電波を通して大陸中に響く。
「リスナーに告ぐ。人生で挑戦して、負けたら、このラジオ聞きに来い。お前の負けなんてちっぽっけなことだって思い知らさせてやるから。お前以上の敗北者はここにいる。このラジオにいる。だから安心してやりたいことやれ。負けることもできない臆病者にはなるんじゃねえぞ」
火竜の言葉がすべてを持って行った。
夕日は沈み切った。
エンディングの時間だ。音楽はかからない。波の音だけが聞こえる。
「勇者ちゃん、今日は来てくれてありがと。どうだった? 俺らのラジオは」
私は頭をかく。
「すごいっす。やっぱ。ゲストで来たのに何もさせてもらえなかったつーか、なんか、力の差を思い知らされました。参りました」
「いやいや褒めすぎだって。勇者ちゃんがいたからこそ面白くできたわけで、俺らなんか全然よ。ねえ、ヴォンさん」
火竜はゆっくりとうなずいた。
「俺らの方がラジオうまいのは当然よ。キャリアが違う。でも、勇者キサラ。お前、ラジオ始めてまだ三か月も経ってないんだろ?」
「まあ、はい」
「恐ろしいね。新人の分際で俺たちのラジオにゲストで来て、死ななかったんだから。今後のカオスレイディオだけどさ、魔王はどうせ好き勝手にしゃべるだけだから、あとはお前がそれをどうさばいておいしく料理するかにかかってると俺は思うね」
アドバイスまでもらって、みっともねえな。何やってんだ、私。
「勇者キサラ。最後に魔王に伝言、頼んでもいい?」
「はい。なんでもどうぞ」
「おい、魔王。戦闘でお前には負けたけど、ラジオでは負けるつもりねえからな」
「さ、時間ですね。ここまでのお相手は海竜ウォンテールと」
「火竜ヴォンテールと」
「勇者キサラでした」
「「さよなら」」