賞金女王ミーティアのマッハレディオ
ラジオ「賞金女王ミーティアのマッハレディオ」の収録スタジオはレース場の中にあるらしく、レースを見終わった私たちはスタッフに案内され、控室に通された。
「くそっ、何なんだ、あのガキ。なめやがって」
壁を殴る私をウソコがたしなめる。
「しょうがないことなのです。ミーティアは賞金女王ですから、傲慢にもなります」
「どうにかギャフンと言わせてーな。ウソコ、なんかいい案ないか?」
「私は、ギャフンと言わせようとする勇者さんより、いつもみたいに、やさぐれつつも本音でラジオする勇者さんの方が好きです」
なんだかそれで我に返った。
「おい、ウソコ」
「何ですか?」
「乱闘になったら止めろよ」
ウソコはわかっていますと言うふうにゆっくりとまばたきした。
夜が更けて、番組の放送開始まで十五分を切ると、スタッフの人が私を呼びに来た。
収録室に入り、挨拶をする。スタッフの人たちは拍手で、ミーティアは不敵な笑みで私を迎えた。
「ふん。勇者キサラ。光栄に思いなさい。そして感謝なさい。あなたみたいなラジオど新人をゲストとして呼んであげたこの私に」
ったく。
「おい、ガキ」
「な、あああああなた、私をガキ呼ばわりするつもり?」
「ごちゃごちゃうるせーんだよ。この後いくらでもしゃべってやるから、今は黙ってろ」
「な、なんですって」
顔を真っ赤にして怒り狂うミーティア。どうすっかなーと思っていた矢先、ミーティアの肩から何か細長く黒い紐状のものが伸び、ミーティアの全身をぐるぐる巻きにして縛り上げてしまった。
「ガーナ、何するのよ」
ガーナと呼ばれたその黒いカメレオンは、長い舌でミーティアを縛ったまま、目だけをぎょろりと私の方へ動かした。
「な、なんだよ」
たじろぐ私を見ても無反応。ガーナと呼ばれたカメレオンはそのままミーティアを引きずって収録ブースへと入って行った。
オンエアーの赤いランプが扉の上に灯り、軽快なジャズが流れ、ミーティアの第一声。
「ほんっとムカつく」
「いきなりどうした?」
カメレオン、ガーナが渋い声で受ける。
「あいつよあいつ、今、ブースの外にいるあの女」
「勇者キサラがどうかしたか?」
「私をガキ呼ばわりしたのよ。この賞金女王の私を」
「それは君が先に勇者キサラに失礼なことを言ったからだろう」
「別に私は失礼なことなんて一言も言ってないわよ。ただ光栄に思いなさいよって言っただけ」
「その上から目線が気に障ったのだろう」
「はあ? 私が上からものを言うのは当然じゃない。だって事実、私の方が上なんだもの」
ない胸を張るミーティア。ガーナがため息をつく。
「人間に上も下もないだろうに」
「何言ってるのよ、ガーナ。人間には、いいえ、生きとし生きるものには明確な序列があるものなのよ。だから賞金女王の私が上で、なすすべなく魔王に敗北したあの女勇者が下なの」
ああ、なんかまた腹立ってきた。スタッフが心配そうにちらちらと私の方を見て来る。
「そもそも魔王を倒すなんて無理に決まってるじゃない。普通、途中で気づくでしょ。無謀にもほどがあるって」
「君だってかつて周りの大人たちから散々無謀だ無茶だと言われても、レースに出たじゃないか。そう言う意味では彼女と君はとても似ている」
「はあ? 私をあんな負け犬と一緒にしないでよ。私は勝ったのよ。そして今も勝ち続けてる。これから先もずっと勝つ。勝って勝って勝って勝ちまくるのよ」
「君だっていつか負ける日が来る」
「あり得ないわ」
聞いているうちにだんだん、このラジオの型がわかってきた。ミーティアの傲慢っぷりをあの冷静沈着なカメレオンが落ち着いた声で諭す。パーソナリティ二人のコントラストがはっきりしている。年間聴取率第三位なだけはある。
「オープニングトークはこのぐらいにして、そろそろゲストを呼び込むか」
「まだよ。勝手なことしないで」
「しかし君、あまりゲストを待たせるのはよくない。それに今日はただでさえオープニングトークが長いじゃないか。このラジオらしくもない」
ディレクターもさっきから巻きの指示を出しているが、ミーティアは一向に焦らない。
「メールでも読みましょう。ラジオネーム、テンサイ。『ミーティアさん、こんばんは。ぼくはミーティアさんのファンです。今日のレースもすごかったです。一位おめでとうございます』ありがとう。つづいて、ラジオネーム、シンドー。『ミーティアさん、突然ですが、どうすればあんなに速く飛べるんですか? コツを教えてください』そんなものないわよ。私ってほら、才能だけで飛んでるから、速く飛べない人の気持ちなんてわからないわ」
ひでえ回答だな。
「ひどい回答だな」
カメレオンと意見があった。
「君だってほんとは毎日死ぬほど努力してるじゃないか」
「ちょっと何言ってるかわからないわ。さあ、つづいてのメールは――」
スタッフからわたされたメールを見て、ミーティアの顔が固まる。
「これは、ちょっとパス」
ガーナがめざとくそのメールを舌で引き寄せ、読む。
「ラジオネーム、ノー・ライフ・キングから。『ミーティアのマッハレディオが聞いてあきれる。オープニングに何分使っているのだ、この鈍間。とっととオープニングを終わらせて勇者を呼んでくれないかね? それとも死ぬかね? 言っておくが、私がその気になれば君のような小娘、二秒で血を吸い尽くし、乾燥ミイラにできるのだよ』」
「うう」
ミーティアが初めて負け顔になった。ノー・ライフ・キングと言えば、カオスレイディオにも毎週メール送ってきやがる常連だが、なぜかミーティアは奴のことを恐れているらしい。
スタッフがさらに三枚の紙をガーナにわたす。
「ラジオネーム、ゴースト・ロード、『ユウシャノコエガキキタイ。コレイジョウ、オープニングヲヒキノバスナラ、ミーティア、オマエヲノロッテヤル』。ラジオネーム、ゴブリン・カイザー、『すまん。こっちはずっと待っているんだが、勇者はまだか? 早くしてくれ』。ラジオネーム、スカル・エンペラー、『わしの堪忍袋の緒が切れる前にとっとと勇者ちゃんを出してくれんかのう。ガキだからといってわしは容赦せんぞ』」
「ちょっとガーナ、なんでそんなやばい奴らのメールばっかり紹介するのよ。私のファンからのメール読んでよ」
「ミーティア、この期に及んでまだオープニングトークをだらだらと続ける気か。そんなことをしたらこの村一帯が消し飛ぶぞ」
ミーティアの眉間と鼻にしわが寄る。
「わかったわよ」
メールを脇に置き、マイクに向かってタイトルをコールする。
「『賞金女王ミーティアのマッハレディオ』」
「第百七十七回目のレース」
「ふん。私のラジオが聞けること、光栄に思いなさいよね」