よほど暇なのね
「本日の最終レースを前にお客様にお知らせがあります。最終レースでは、誠に勝手ながら、単勝の券につきまして、一位ではなく二位の箒を当てた方に配当金をお支払いいたします。また、複勝につきましても、一位の予想は除外し、二位から四位までの箒を当てた方に配当金をお支払いいたしますので、何卒ご理解いただきますようお願いいたします」
場内から歓声が沸き起こる。
「今のアナウンス何だ? 一位当てても意味がないってことか?」
「はい。最終レースに関しては一位は決まっていますから」
「は? どういう意味だよ? 八百長か?」
「見ていればわかりますよ」
ファンファーレが鳴り響き、最終レースに出場する箒乗りたちがスタート位置に整列した。十二人いる選手の内、一人明らかに小柄な選手がいる。肩には何やら黒い生き物を乗せている。
「一番、ミーティア・シューマッハ」
名前がアナウンスされただけで、場内が揺れるほどの歓声が轟いた。その小柄な魔女はツインテールを手で後ろに払うと、あごを上げて客席を見下ろした。まるで応援など不要とでもいうかのように。
「おい、ウソコ、ミーティアって」
「はい。今夜、勇者さんがラジオで共演する相手です」
去年の年間聴取率第三位のラジオ番組「賞金女王ミーティアのマッハレディオ」、そのメインパーソナリティ。
「あんなチビがほんとにレースで勝てるのか? 他の選手は全員大人だろ」
「ミーティアはまだ十一歳ですが、飛行魔法において彼女の右に出る者はいません」
話しているうちに他の選手の紹介が終わり、実況が声を荒げる。
「準備が整いました。さあ、各箒、一斉にスタートっ」
ブザー音が鳴り、十二の箒が一斉に飛び出す。
「圧倒的スタートダッシュを見せつけるのはやはりこの人、賞金女王ミーティア・シューマッハ。他をどんどん引き離していきます」
すでにミーティアは集団から一人飛び出し、独走状態に入っている。
「おいおい、嘘だろ」
レース場を十周してから場外のコースへ出て行くこのレース、開始から十秒も経たないうちにミーティアは他の選手を何度も抜き去り、三周分のリードを得た。
「何がなんでも速すぎるだろ」
「まだまだ速くなりますよ」
ミーティアがレース場を飛び出し、森林地帯に入った。映像が大型ディスプレイに映し出される。木々という障害物があるにも関わらず、ミーティアはどんどん加速していく。森を抜け、峡谷をほんの一瞬で抜け、風の吹き荒れる草原を薙ぎ払い、カボチャ畑を突っ切り、再び場内へ戻ってきたミーティアは、まばたき三回ほどの間に場内を七周し、ゴールを切った。
「ハハ」
一位を予想する意味がないわけだ。
急ブレーキをかけ、ミーティアは肩に乗せていた黒いカメレオンの方にわずかに頭を傾け、首をめぐらしてこっちを見た。箒の柄を握り直し、ひゅっと私の目の前に来て急停止。ツインテールを振り乱しながら言う。
「ほんとにのこのこやってくるなんて、よほど暇なのね、勇者キサラ」
「んだと?」
私は立ちあがる。いきなり生意気なこと言うじゃねーか、このクソガキ。
「ゲスト出演の話、別に今からドタキャンしてくれったってかまわないわよ。私のラジオはあなたなんかいなくてもちゃんと面白いから」
「そんなこと言っていいのか? 先週も先々週も私が魔王と一緒にやったラジオは週間聴取率一位だったことをよく思い出せよ。てめー一人の力じゃ私と魔王の聴取率超えれねーだろ、ああん?」
「くっ。わ、私ひとりでラジオやってるわけじゃないから、別に大丈夫だし。ね、ガーナ」
肩に乗せている黒いカメレオンに向かって言う。
「厳しいな。勇者と魔王のラジオは今勢いがある。私とお前がいくらがんばってもカオスレイディオの聴取率は超えれんよ」
「ぐぬぬ」
下唇を噛みしめているミーティアの後ろを、ものすごいスピードで箒が十一本、連続で駆け抜けていった。
「ゴール、二着は7番のディーゴ・メンタリス、おめでとうございます。これにて本日のレースは終了といたします。またのご来場、お待ちしています」
観客が席を立ち始める中、私とミーティアは互いにメンチを切りつづけていた。