B1レース
城門を抜けると、空と大地が広がっていた。
魔王城の周りは建物や木々など一切ない更地である。遮蔽物がないから陽の光が燦燦と降り注いでくる。
「日傘です」
ウソコがわたしてきた。
「準備いいな」
ばかでけえ蝙蝠傘に二人で入り、しばらく歩いていると街が見えてきた。道も他の道と合流を繰り返し、道幅を増していき、何台もの馬車が駆けていく。
街中に入ったところで蝙蝠傘を閉じ、人と魔族でにぎわう商店街を見て回った。魔王が聖剣を直すためにガムテープを購入した文房具屋さんもあって、そこでウソコは色紙を八枚も購入した。
商店街を抜けた先に駅はあった。窓口で乗車券を買い、改札を抜ける。ちょうど蒸気機関車が邪悪な黒煙をバカみてーに吐き出しながらホームへと滑り込んできたところだった。
「この列車は大陸北方行きです。終着駅はヨフカシノ村、ヨフカシノ村。ご乗車される際はお足元にお気をつけてお乗り込みください」
アナウンスに導かれて列車へと乗車。席は指定席で、ウソコが通路側に、私が窓側に座った。手荷物は足元に押し込む。
汽笛を吹き鳴らし、シュポシュポ音を立てて列車は駅を出発した。車窓の景色は街中から平原へと移り変わり、岩石地帯を通過した列車は、山を貫くトンネルへと突入した。
「車内販売です。お飲み物、おつまみ、お弁当、なんでもそろっています。いかがですか?」
ミノタウロスの売り子さんがカートを押しながら通路を通過していく。
「そう言えば、昼に食うもん買ってなかったな。どうする? ウソコ」
「せっかくですから駅弁を食べたいですね」
「ございますよ」
売り子さんがいくつか駅弁を見せてくれる。私はクラーケン飯弁当を、ウソコはアゲハ蝶の天ぷら弁当を選び、銀貨二枚と引き換えに購入した。さっそく食べる。なんだこのゲソ足。うまいけど全然噛み切れない。
「勇者さん、人間の歯でクラーケンの足を噛み切るのはたぶん無理ですよ」
「なんで先に教えてくれなかったんだよ」
「聞かれなかったので。ごちそうさまでした」
「はえーな」
ウソコはもう食べ終わった空の弁当箱をひざ元に置いて、目をうつらうつらさせ始めると、クラーケンの足に悪戦苦闘している私の肩に頭を預け、静かな寝息とともに眠りに落ちた。
結局私は、クラーケンの足を聖剣で一口サイズに細切れにして食べた。お腹がいっぱいになると眠くなるのは道理で、車窓が霞んできて、意識が途切れた。
「――がとうございました。傘などお忘れ物のないよう、お確かめの上、お降りください。終点ヨフカシノ村です。ご乗車ありがとうございました」
アナウンスが聞こえ、目を開ける。まだうたたね中のウソコを揺すり起こす。
駅のホームに降り立つと、夕暮れの匂いがした。吹きさらしのホームにさびれた風が吹いて、私は身を縮めた。季節は秋から冬に変わろうとしている。
「ラジオの放送時刻までまだ時間ありますけど、どうします?」
予定表を見ながらウソコが尋ねた。
「そうだな、観光でもするか。夕食も食べとかないとだし。この村、名所とかあんのか?」
「色々ありますけど、とりあえず、見に行くのがいいと思います」
「見に行くって何を?」
「ついて来てください」
「おい」
ウソコは私の手を引いて改札を抜け、駅を出て、二時の方向を指さした。そこには古代建築っぽい円形闘技場がそびえ立っていた。
「魔女の村に場違いすぎねーか、あの闘技場」
「闘技場ではなくレース場です」
「何の?」
「B1のです」
カボチャ畑とカボチャ畑の間の道を歩いていきながら、私はB1の説明を受ける。
「B1はブルーム1の略で、ブルームは箒を意味します。つまりB1とは最速の箒乗りを決めるレースのことなのです」
「へー。でも箒の速さなんてたかが知れてる気もするけど。普通にさっき乗った蒸気機関車の方が速いんじゃねーの?」
「B1レーサーの方がはるかに速いです」
「どうだか」
レース場の入り口にたどり着いた。中からは歓声が聞こえてくる。入場券を買って、ゲートを抜けると、万を超える観客がレースに熱狂していた。掲げられた大画面のディスプレイには、木々の間を疾駆する魔女たちの姿が映っていた。
「実際に間近でレースが見れるわけじゃねーのかよ。拍子抜けだぜ」
「最後はここに帰ってきて場内を何周か飛びますよ。あ、ここが私たちの席です」
ディスプレイを真正面から見れるいい席だ。
「先頭めまぐるしく変わります。七番ルシー・ヴァイオレットはやや調子が悪いか。全員、森林地帯を危なげなく抜け、峡谷に入ります。二番モンブランオー、一気に加速。後続集団を突き放していく。こうなると後ろの箒はなかなか苦しい展開」
実況の声が鳴り響く。
観客たちは手に持った紙きれを振って、口々に選手の名前や番号を叫んでいる。
「おい、これって」
「はい。B1レースは大陸でも一、二を争うほど人気の賭博で、オッズの低い箒に賭けて当たれば、億万長者になることも夢ではないのです」
ここはギャンブル狂いの巣窟ってわけか。でも、それにしては小さい子供もいっぱいいて、その目は何かを期待しているようで、キラキラしている。
峡谷を抜け、草原を抜け、カボチャ畑の上を飛び、箒乗りたちがレース場に帰ってきた。
「場内を七周すればゴールです」
ウソコの解説と実況の声を同時に聞きながら、箒を目で追う。
「何番がどれかなんてわかんねえよ」
速すぎて目で追いきれない。ディスプレイに表示されたそれぞれの選手の残りの周回数がみるみるうちに減っていく。
「先頭モンブランオー、モンブランオー、追いつくか、ルシー、いや、これはモンブランオー」
二、三秒以内にすべての箒がゴールし、ディスプレイにはまたたくまに順位が表示され、負けた客は券を投げ、勝った客は券を懐にしまい、いそいそと換金窓口へ急ぐ。
「次のレースは十八時三十分からです。出場選手は、一番ブラッディー・メアル、二番――」
アナウンスを聞いても、どういうレースになるのか、さっぱりわからない。けど、ものは試しだ。
私は立ちあがった。
「どこへ行くんです?」
「ああ? 決まってんだろ。券を買いに行くんだよ。当たれば新品の家具が二、三個買えるぐらいの金が手に入んだろ」
「未成年者は賭博券買えませんよ」
おいおいマジかよ。面白くねえな。
「一発当ててやろうと思ったのに」
「そういう一か八か的な考え、危ないですよ」
くそ。そんなことはわかってるよ。でも、こっちは物心ついたときから、魔王討伐っていう一か八かの戦いで勝つために修行してきたんだ。勝てる可能性が少しでもあるなら勝負する。まあ、そんなんだから無様に負けて、週一で魔王とラジオするハメになってるんだけど。
「券は買えませんが、飲み物や食べ物は買えます。夕食を買いに行きましょう」
場内には売り子さんがたくさんいて、酒やジュースを売っている。場外に出ると、屋台が死ぬほど並んでいた。私はからあげを、ウソコはソフトクリームを買って、席に戻ると、次のレースがすでに始まっていた。
観戦も、券を買ってないからいまいち熱が入らない。しかも箒乗りたちのスピードにも慣れてきて、新鮮味が薄れていく。
レースが終わったころには完全に興味を失っていた。
「ウソコ、もうB1はわかったから、どっか別の場所行こうぜ」
「待ってください。次が今日最後のレースですから」
「最後だとなんかあんのか?」
ウソコはうなずく。
「賞金女王が出場します」