伝説の接着剤
「いやー、しかしあれだな、人生、過ちを犯すこともあるであろう。そんなとき、どう償えばいいのか。これが難しい問題だと思うのだ、我は」
「あ、そう。まあ、あるよな、謝りづらいこととか、謝ってもしょうがないことって」
「だが、一生謝らないのは後味が悪いからな。やはり謝るべきことはいつかは謝らなければなならぬ」
「まあ、そうだな」
「けど、許してもらえるかどうかはまた別の話であって、故にしりごみ――」
「あー、ちょっと待って待って。え? 前置き長くない?」
「いやー、その、つまり何が言いたいかと言うとだな」
歯切れの悪い調子で魔王は言った。
「勇者キサラよ、すまなかったな」
「いや、何がだよ」
「先週の放送で貴様の聖剣を折ってしまったであろう」
そのことか。
「あの放送のあと、どのようにして償えばいいのかを考え、我は一つの結論に至った。許してもらうには、真っ二つに折れた聖剣を元通りに直すしかないと」
「え? 直してくれたの?」
思わず私の声は明るくなる。あの聖剣は大天使タリナイ様からいただいた大切な品。元通りになって戻ってくるなら言うことはない。
「そう焦るな。じっくり聞かせてやる。賢い我はまず最初に情報を集めることにした。城の地下にある書庫、そこで剣の直し方について調べたのよ」
「それでいい方法は見つかったのか?」
「どんなものでもくっつけることができると言われている万能の接着剤が、このユーラク大陸には三つもあるらしくてな」
「その接着剤で聖剣はくっついたのか?」
「まあ待て」
「聖剣はちゃんと直ったんだよな。そこだけ先に教えろ」
「ガハハハハ。勇者よ、我のフリートークに興味津々なようだな」
「お前、あんま調子乗るなよ。一人でやってたラジオは聴取率四位だったくせによ」
「そ、それはまあいいではないか。とにかく我は旅に出た。貴様の聖剣を直し得る伝説の接着剤を求めて。最初に向かった先はダークエルフの谷である。その深い峡谷には、一度入ってしまえば二度と出て来られないことで有名な洞窟があってな、その中に潜むレア・メタル・スライムの粘液こそ、伝説の接着剤の一つなのだ」
レア・メタル・スライムと言えば、体内に希少金属を保有している絶滅危惧種じゃねーか。遭遇できる確率は限りなく低いと思うが。
「洞窟内を闇雲に探し回った結果、我はついにレア・メタル・スライムに――」
「出会えたのか?」
「いや、出会えなかった」
「ダメじゃねーか」
「しかも洞窟の中は複雑怪奇でな、出口がわからなくなってしまった」
「大の大人が迷子になってんじゃねーよ。マッピングやナビゲーションの魔法ぐらい使っとけ」
「ガハハハ。我がそのような高度な魔法、使えるわけなかろう。貴様、我の魔法適正の低さを見くびるなよ」
ほんと、こんな奴を倒せない自分に腹が立つ。
「どうしたものかと途方に暮れながら、鍾乳洞から落ちる滴りの音を聞いておったら、ダークエルフの長老が我を迎えに来てくれてな。無事、洞窟を出ることができたというわけだ」
「結局、レア・メタル・スライムの粘液はゲットできなかったわけだ」
「いや、それがな、手に入ったのだ」
「は? どうやって?」
「長老の娘さんが薬屋を営んでおってな。聞くと、レア・メタル・スライムの粘液も収集しておると。事情を話したら、ご厚意で少し分けてもらえたのだ」
なるほど。ちょっと引っかかるが、まあいいか。
「幸先よく一つ目の接着剤をゲットした我は、ダークエルフの谷をあとにし、その足で竜の里へ向かったのだが」
語尾を濁す魔王。
「何だよ、何か問題でもあんのか?」
「いや、二つ目の伝説の接着剤は、千年を生きる老竜王の涎なのだが、我は竜の里への出入りを禁じられておってな」
「そりゃまたどうして?」
「我にはもともと許嫁がおってな、その許嫁と言うのが、竜族の、それも老竜王の血を引く孫娘だったのだよ」
「あー、理解したわ」
許嫁がいるにも関わらずこのバカはルナさんに惚れ、結婚までしてしまったのだ。
「まあ、そういうわけで我は竜の里の近辺をうろうろしていたのだ。やがて夜になり、頭上を三頭の竜が飛んで行ったのよ。すると三頭の内の一頭が戻ってきて我に言うのだ。『懐かしい魔力の匂いがしたと思ったら、やはりあなたでしたか』と」
「まさか」
「そう、その竜こそ、我の元許嫁よ。事情を話すと快く老竜王の涎を採ってきてくれてな。こうして我は難なく二つ目の伝説の接着剤も手中に収めることができたというわけだ」
「でもよく助けてくれたよな。あっちからしたら、お前は自分との婚約を破棄した不届き者だろ?」
「いや、まあ、事実だけを見るとそうなのだが、実際あの婚約は、悪魔族と竜族の勢力を増すための政略結婚の意味合いが強かったからな。あっちはあっちでいい竜を見つけて結婚したらしいし、よかったのだよ、これで」
魔王はしみじみとそう言った。
「老竜王の涎を手に入れた我は、最後の伝説の接着剤『愚者の実』の果汁を求めて迷いの森に向かった」
「迷いの森か。なんか心配だな」
「ガハハハ。案ずるな、勇者よ。我もバカではない。学習する。迷子にならぬよう、今回はガイドにゴブリン・カイザーを付けたぞ」
「ああ、それなら安心だな。ゴブリン・カイザーさんはめちゃくちゃちゃんとした大人だから。誰かと違って」
「貴様、さては我を愚弄しておるな」
「うっせーな。それでどうなんだ? その愚者の実とやらはあったのか?」
「愚者の実が迷いの森のどこに生っているのか。これはカイザーも知らないと言うのでな、森で一番の物知りと謳われている魔女のもとを我々は尋ねたのだ。この魔女がまた淫靡な雰囲気を漂わせていてな、若くはないのだが、すさまじい色気で――」
「ちょっとあなた」
ルナさんが氷のように冷たい声で言う。
「さっきからお話を聞いていると、ずいぶんと女性の方に助けてもらっているんですね」
「ぐ、偶然だ」
「ならいいですけど」
魔王は咳払いして話を戻した。
「我は魔女に愚者の実のところまで道案内してはくれないだろうかと頼んだのだが、魔女は首を横に振って『そういうのダルいからパス。愚者の実ならストックがあるからあげるわ。その代わりあなたの唾液を少し摂らせて』と言い出してな。まあ唾液ぐらいならいいかとオーケーしたところ、愚者の実を気前よく二つもくれてな、我はもう大喜びよ」
「てめー、三つある伝説の接着剤、一つも自分の力でゲットしてねーじゃねーか。もらってばっかり」
「ガハハハハ。まあ、我の人望がなせる技だな」
「くそが」
反論できない。なにせこいつの支持率は98%。しかしなんでみんな、こんな奴のことが好きなんだろ。
「城に戻り、我はさっそく三種の接着剤を試してみることにしたのだ。まずはレア・メタル・スライムの粘液。剣の折れた断面に塗り塗りして、ぐっと力を込めてくっつけ、そのまま待つこと五分」
「お、くっついたか?」
「いやー、それが」
「は?」
「まあ、待て。つづいて老竜王のよだれをだらーっと剣に垂らしてな」
「うわ、なんか嫌だな」
「待つこと十分」
「結果は?」
「まあ、芳しくなかったのだよ」
「ダメじゃねーか。最後、愚者の実の果汁は?」
「剣が黒ずんだぞ」
「何でそうなるんだよっ」
私は叫んだ。
「いや、我もびっくりしたぞ。愚者の実の果汁を剣に垂らした途端、一気に刀身が黒ずんでしまってな。もう大慌ててルナを呼んで、何とか黒ずみを取り除いてもらったのだ」
「結果だけ言うと、聖剣の黒ずみはきれいさっぱり取り除くことができたのだえれど、折れた聖剣を元通りに戻すのは、私の魔法でも無理だったの。ごめんなさい」
「いえ、ルナさんが謝ることじゃないですよ。もとはと言えば、このバカが折ったのがいけないんだし」
「バカではない。その証拠に我は聖剣を見事、直して見せた」
「え、嘘だろ?」
「ガハハハ。とくと見よ。これが生まれ変わった聖剣バージョン2だ」
そう言って魔王はでかい図体をかがませて、机の下から何かを取り出し、私の目の前に突きつけた。