勇者キサラの衣食住
答えが出ないまま、CMが明けた。
カフを上げる。
声を出す。
「いやね、先週のラジオが終わってからこの一週間、私は私なりに暮らしてたんだけど、衣食住ってマジ大事だなってつくづく思ったね」
「ほう。衣食住」
「そう。衣食住。私さ、今、牢屋で暮らしてんだけど」
「ガハハハハハ」
「おい、ちょっと待て。てめー、何笑ってんだよ」
「いや、すまんすまん。続けるがよい」
手で促す魔王をにらみつけたまま、マイクへ声を飛ばす。
「牢屋っつっても、私が住んでる牢屋は比較的いい牢屋っつーか、ちょっと高級な牢屋で」
「牢屋に高級や下級があるのか?」
「それがあるんだよ」
「どこらへんが高級なのだ?」
「まずトイレとシャワー室が付いてる。これはでかいね。好きなときにトイレ行けるし、シャワー浴びれるんだから。あと、看守がもう最高。ウソコっていうアラクネ族の女が看守やってくれてんだけど、こいつがもうよく気が付くわ、料理はバカうめーわ、人の悪口陰口は言わねーわで、一緒にいて滅茶苦茶心地いい」
「確かにスペシャルな人材だな、彼奴は」
「お前、ちゃんと働きぶりに見合った給料、ウソコにあげてんだろーな」
「毎月ボーナスを出しておるし、勇者、貴様が来てからはいつもの二倍出しておるぞ。なにせ貴様の相手は骨が折れるだろうからな」
「おい、てめー、さっきから私のことちょくちょくバカにしてるよな」
「いや、してないが」
いやにはっきりとした口調で魔王が否定した。
「そうか。じゃあ、まあ、話つづけるけど、ウソコが毎日三食手料理作ってくれてるから、衣食住の内、食は完璧なわけ。で、衣に関しては、私はおしゃれとか着こなしとか、そういうのの一切を諦めてる」
「そうなのか? 別に今日着てるそのジャージも似合っておるぞ。まあ確かにおしゃれとは言いがたいか」
こいつ、やっぱ私のことバカにしてやがる。見てろ、フリートークで目にものみせてやる。
「何がいいたいかと言うと、私に関して言えばよ、衣食住の内、あと伸びしろありそーなのは『住』なのよ」
「まあ、衣はジャージだし、食はウソコに任せてるのだから、必然的にそうなるであろうな」
「こうなったら世界で一番住み心地のいい牢屋にしてやるって意気込んでさ、ウソコに持ってきてもらった家具カタログを眺めてたんだけどさ」
「何かよさそうな家具はあったか?」
「あったね」私は即答した。「ウッドカイザーっていうメーカーなんだけど、迷いの森の奥地で採れる質のいい木材を使って家具を作ってるらしくてさ、私、木製の物の温かさとか好きだからいいなって思って、そこのメーカーの机と本棚、あとロッキングチェアを買ったんだよ」
魔王が首をひねる。
「ウッドカイザーの家具はけっこういいお値段するであろう。よく金があったな」
「先週ラジオに出ただろ。そのギャラがあったから何とか払えたんだけど、実をいうと私いま一文無しなのよ」
「ガハハハハハハ。牢屋暮らしのくせにウッドカイザーの家具を一気に三つも買うからだ」
「欲しくなっちまったんだから仕方ねーだろ。しかしお前はいいよな。魔王だもんな。さぞかし贅沢な暮らししてんだろ」
「そうでもないぞ」
魔王は横目でルナさんを見ながら言う。
「財布のひもはルナに握られておるしな」
「へえ」
「欲しいものがあるたびに妻にお伺いを立て、それでオーケーが出たらようやく購入できるというシステムだから、なかなか贅沢はできぬのだ」
「いや、でもそれ正解だな。私も金の管理全部ウソコにしてもらおーかな」
「ウソコならきっちりかっちりやってくれるであろうな」
「でもそうなったら欲しいものを欲しいときに買えなくなるしなー」
「今何か欲しいものとかあるのか?」
一、二秒、ちょっと考えてから答える。
「今は、あれかな、ウッドカイザーが子供向けに作ってる木彫りの彫刻があるんだけど、それが欲しいかな。手に乗るぐらいのサイズの彫刻なんだけど、うさぎとか亀とかケルベロスとかバジリスクとか、ラインナップが豊富でさ、全種類集めたいって思ってるよ、私は」
「物欲がすごいな、貴様は」
「あー、それは自分でもマジで驚いてる。勇者学校って校則が超絶厳しくてさ、好きなものを勝手に買える環境じゃなかったから、その反動が今来てるんだと思う」
「ふん。そういうことなら思う存分買うがいい。貴様が稼いだ金だ。好きに使え」
「お、魔王のくせに話がわかるじゃねーか」
「今日もギャラが出るが、次は何を買う? さっき言っていた木彫りの動物たちか?」
「いやー」
私は目をそらし、頬を指でかく。
「そうしたいのはやまやまなんだけど、その前に買わなきゃいけない物があるっつーか、ウソコが口をすっぱくして買った方がいいですよって言ってくる物があるんだよ」
「何なのだ、その物は?」
「カーテン」
私が答えると、魔王は光に目がくらんだようにまばたきをした。
「貴様、新居での生活がスタートしてもう一週間以上たつのに、まだカーテンを買ってなかったのか?」
「うっせーな。そんなにカーテンって大事か?」
「そりゃあプライバシーの基本だからな。牢屋にも窓は付いておるのだから、カーテンがないと外から丸見えではないか」
「ウソコと同じこと言ってやがる。わかったよ。カーテン、買えばいいんだろ、買えば」
もうそろそろかな。スターツディレクターを見ると、うなずいてくれた。よし。終わり終わり。
「よしじゃあ来週のフリートークは、カーテンを買ったはいいけどカーテンレールはまだ買ってないって話で決まりだな」
「許さんぞ。そんなしょうもない話、絶対するでないぞ」
魔王がツッコミを入れたところでジングルがかかり、CMへ。
ふう、と一息ついて回りを見渡す。ルナさんは拍手し、アパーは飛び跳ね、スターツは親指を立てている。魔王だけが苦々しい顔を見せていた。
「勇者よ、フリートークが一回うまくいったぐらいのことで、あまり調子に乗るなよ」
「次は我のフリートークだ。耳をかっぽじってよく聞くとよい。貴様との格の違いというものを見せつけてやろう」
「上等じゃねえか」
でも、こいつ、あんまりしゃべりが上手いイメージないんだよな。一人でやってた「魔王ジールドのダークラジオ」は他のライバルラジオ番組に聴取率で負けてたみたいだし、大丈夫なのか。私の心配をよそに魔王はゴクゴク水を飲んでいる。
やがてCMが明け、魔王が第一声を発した。