第四話 : 結末
・木崎 : 主人公。会社員、女性。
・・一人称 : 私
・・呼ばれ方 : 姐さん
・おっさん : ホームレス(見た目)、男性。
・・一人称 : オレ、おっさん
・・呼ばれ方 : おっさん
・寺島 : 木崎と同じ職場の班長。会社員、男性。
・・一人称 : 俺
・・呼ばれ方 : 班長
「いかないでよ……」
自分の声で、目を覚ます。
見知らぬ天井。
服は病衣に変えられていて、腕には点滴。
ここは……病院? それも、個室?
訳が分からないままに体を起こし、首をかしげていると、ドアが控えめにノックされ、神妙な顔をした班長が入ってきた。
「木崎……目が、覚めたのか……」
「あ、はい。……えーと、たぶん、無断欠勤をやらかしたと思うのですが……」
「そんなことはどうでもいい。木崎、どこまで覚えている?」
どこまで?
更に、訳が分からなくなって、今度は反対方向に首をかしげた。
「……えーと、会社を昼前に退勤して、帰りの電車に揺られて、駅に降りて、……そこから、分かりません」
「そうか………………。とにかく、無事で良かった」
深いため息のあと、私の両手を包み込むように握ってくる班長。
「班長、すみませんでした」
仕事、大丈夫かな? 班のみんなに迷惑かかっているだろうな。そんなことを思いながら班長に頭を下げる。
「気にするな。納期に猶予はあるし、木崎一人分なら、まだ手分けすれば十分にリカバリできる範囲だ。……それより」
班長は、左手で私の両手を握ったまま、右手は私の頬へ。
いきなりのことで、ちょっとビクッとしてしまったけれど、えーと、これ、どういう状況?
「それより、だ。なあ木崎。俺は、木崎の名字は良いものだと思うが、寺島を名乗ってみる気はないか?」
「はあ…………。………………はあ?」
寝起きの脳みそでは、班長に、寺島さんに、ナニを言われているのかよく理解できない。
「確かに、俺からは決定的な言葉を告げたことはなかった。だが、態度はかなり分かりやすかったと思うのだが?」
「……ちょっとなにいっているかわかりません」
つつつ……と顔を逸らすと、今度は両手を頬に添えられ、強制的に目を合わされる。
「木崎、お前まさか、俺が何度も食事に連れていったのを、ただの上司の奢りだと思っていたのか? その気のない相手を二人きりの食事に誘うほど、女なら誰でも良いような男だと思っているのか?」
「ちょっと、ナニを、言っているのか」
「分からない、と、言うつもりか?」
親指で、唇をなぞられて、その指をぺろり。
……まるで、唇を直接なめられたような、衝撃。
体が勝手に、ビクッと震えた。
「あの、班長、あの、寺島さん、その、待って」
「もう待たない」
背中に手を添えられて、ベッドにそっと寝かされる。そして、寺島さんの顔がゆっくりと迫ってきて…………
「んん、ゲホン、ゲホンっ!」
咳払いに、入り口を見てみれば。
看護婦さんが、すごい形相でこっちを睨んでいた。
……怖っ!?
「ん、ん、ケホン。部下がお世話になっています」
ばっ! と、素早く距離をとる寺島さんが、なんか可笑しくて、ちょっと笑ってしまった。
「はい、木崎さん。目が覚めたのなら、先生を呼んできますね。……私も一服してこようかしら? ……30分くらい」
「なるはやでお願いします」
あら、そーお? と大げさに首をかしげて部屋を出ていく看護婦さん。
でも今、二人きりにされたら、何されるか……。
「いきなりすまん。だが、落ち着いてからでいい。返事を聞かせてくれ。……もちろん、一旦保留でも構わない」
さっきまでとはうってかわって、背を向けて出ていこうとする寺島さん。
……うーん、こんなに、私だけドキドキさせて、一人残していくとか。ちょっとずるいと思う。
だから、これは…………イタズラ?
「寺島さん」
呼び掛ければ、止まってくれた。背中を向けたままだけれど。
その背中に、爆弾をぶん投げてやった。
「名前で呼べばいいですか? それとも、あ・な・た。と呼べばいいですか?」
ばっ! と振り向く寺島さんの表情が、驚愕に染まっていて、なんだか笑えてしまう。
「ちゃんとした返事はのちほどに。今の仕事進めて、お正月は二人で一緒に過ごしましょうよ」
「…………あ、ああ。そうだな。よし。俺は頑張るぞ。木崎も、大事にな」
「はい、拓也さん。また、会社で」
寺島さんを名前で呼ぶと、自然と私も笑顔になるのが分かった。
手を振って、今日はお別れ。
また、退院したら、仕事を頑張ろう。
そして、頑張って、ゆくゆくは、拓也さんと一緒の人生を歩むことをちゃんと考えよう。
……今はまだ、その先の道は見えないけれども。
これまで一緒に頑張ってきた拓也さんとなら、人生という道を、二人で見つけられるかもしれない。
ねえ、おっさん。おっさんが、私を元に戻してくれたのでしょう?
あの時のこと、少しだけ思い出してきたよ。
ありがとう、自称《死神》のおっさん。
夢を見るのは、これからみたい。
また、会いに行くから。その時は、嫌がらずに歓迎してくれると嬉しいな。
きっとまた、会おうね。その時まで、元気でね?