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第二話 : 不調

・木崎 : 主人公。会社員、女性。

 ・・一人称 : 私

 ・・呼ばれ方 : (ねえ)さん


・おっさん : ホームレス(見た目)、男性。

 ・・一人称 : オレ、おっさん

 ・・呼ばれ方 : おっさん


・班長 : 木崎と同じ職場の班長。会社員、男性。

 ・・一人称 : 俺

 ・・呼ばれ方 : 班長


「……と、言うわけで、また今日も来ました」


『いやだから、(ねえ)さん? おっさん言ったよね? もう来るなってちゃんと言ったよね? 何度も頷いてたじゃないか』


「記憶にございません」


 せっかく来たのに嫌そうに言うおっさんにちょっとイラッとしたので、つーんとそっぽ向いて見せる。


「そんなに嫌なら、買ったばかりのほかほかの牛丼、要らないのね。持って帰るわ」


『あ…………』


 ふふふ、(あらが)えまい。私の姿を見つけた瞬間から、おっさんの視線は弁当の入ったビニール袋に釘付けだものね。今もいい匂いがしているし。


 ……でもさ、少しは、私の胸とか見ても良いのよ? 他の男どもみたいにさ。

 これでも十分に巨乳らしく、男どもの視線から逃げるのが結構面倒臭かったりするのよね。


 ……あ、でも、職場の班長は、私の胸じゃなく、顔見て話すのよね。

 女扱いされてないみたいで、ちょっと悔しいけれど。

 でも、他の男どもみたいに、班長にも胸ばかり見られたなら、やだなあ。


『……じゅるり』


「なに? おっさん、そんなに牛丼食べたかったの? ……はい、どうぞ。あったかいうちに」


『おう、いただきます。……うん、あったかくてうまい。牛肉なんて、どれくらいぶりだろうか……?』


 気合いの入った合掌して、ガツガツと食べ始めるおっさんを見て、今日は私もご相伴に預かろう。

 私は、野菜たっぷりの中華丼。

 野菜の歯応えと一緒に(あん)のとろみと塩気と熱さを楽しみながら、ゆっくりよく噛んで、久しぶりの中華丼を堪能する。

 うん、美味しい。


「あ、おっさん、ウズラの玉子食べる?」


『お、いいのかい? なら、いただ……くぁん!?』


 ウズラの玉子を(はし)でつまんでおっさんの口へ運ぼうとしたら、ツルッと滑って玉子が床へ……落ちる最中に、おっさんがダイビングキャッチした。口で。だから変な声が出て、なんだか笑ってしまった。


『あぶないあぶない。せっかくの玉子が地面に落ちるところだったぜ……。うん? どうしたい? 姐さん? 何かおかしいかい?』


「ふふふっ、なんかさ、おっさんが変な声出すものだから、可笑(おか)しくて、つい」


 それから、パックのお酒を紙コップに注いで、乾杯の音頭で紙コップを合わせる。

 グラスみたいに良い音は鳴らなかったけれど、おしゃべりしながらおっさんと過ごす時間は、とても良いものだった。




 …………で、気が付いたときには、パジャマ姿で自室のベッドの上。

 呑みすぎたのかしら? (ひど)くのどが渇いていたので、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。


「んぐ、んぐ、んぐ、ぷはっ、はあっ、はあっ」


 コップに注いで、一気飲み。

 普段なら、これで十分。あとは、念のためにトイレにいって、ベッドへもぐり込むだけ。…………なのに。


「……足りない……」


 コップで、もう一杯。…………それでも足りない。


「なん、で……足りな、いの…………?」


 もう、一杯。……既に、お腹が膨れている感じがする。…………それでも。


「おかしい……なんで…………なんで…………?」


 一人暮らしの部屋には、私一人しかいない。




 返事なんて、返ってくるわけがなかった。




※※※




「……おい、木崎」


 仕事中、後ろから肩を掴まれて、引っ張られた。


「……何ですか? 班長?」


「お前、今日はもう帰れ」


 強めに肩を掴まれたので、抗議の意味も込めて、声も表情も不機嫌です! と主張するように、ぶっきらぼうに返事すれば、班長からは意外な言葉が。


「………………えっ? 嫌です」


 思いの(ほか)真剣な表情の班長の目を見たら、何故か固まってしまって、返事するのに10秒はかかってしまった。その返事も、言った自分自身が、ないわぁ……。と思うくらい(ひど)いものだったけれど。


「嫌でも帰れ。なんなら、送っていく。だからもう、今日は帰れ」


「え? あの、どうしてですか?」


「鏡を見てみろ。顔色が相当に酷い。そんな死人みたいな顔した部下を、見過ごせるわけないだろう」


 ……えっ? 死人て、いくらなんでも、それは……。


 班長の目を見る。

 ……嘘を言っているようには思えなかった。

 というか、班長は、冗談も通じないような堅物で、仕事の話しかしないような人だ。

 納期に間に合わないのなら、定時に帰っていいわけがないだろう? とか言う人だ。

 誰よりも仕事をする、自他ともに認める仕事人間だ。


 そんな人が、送っていくから、帰れ?


「あ、あの、私、そんなに酷い顔してます?」


 つい、班長から目を逸らして、隣の席の人に聞いてしまう。


「木崎さん、悪いことは言わないから、帰って休んだ方がいいわよ? 納期にはまだ期間あるし、デスマーチするような状況でもないし。何より、班長が帰れってことは、あなた、相当よ?」


「………………すみません。あと、お願いします」


 熟考の末、今日は帰ることにした。

 班長に、家まで送ってもらうことだけは辞退したけれど。

 そんなことに時間使うよりも、仕事を片付けて早く休んでください。といったら、両目の間を指で揉みほぐしていた。やはり、お疲れなんだなあ。

 そんな状況で、私だけ休むのも、なんとも後ろめたいけれど、気になって仕事が手につかないと言われると、邪魔しちゃいけないと思えてくる。


 で、なんだかんだ言いつつ、会社の玄関先までは送ってくれた。


「すみません。ありがとうございます。お先します」


 何度も頭を下げて、謝罪する。

 手間と時間をかけさせてしまって、本当に申し訳ない。


「半日、有給の申請は出しておく。しっかりと休みたまえ」


「はい。ありがとうございます。では……」


 失礼します。そう、言おうとした時、意識が遠退(とおの)くような感じがあって、ふらりと、前に倒れこ…………む、ことは、なかった。

 誰かが、いや、班長が、抱き止めてくれたから。


「おい、木崎。大丈夫か? やはり、送っていこう。今、車を……」


「あー、すいません班長。大丈夫なんで、手間はとらせませんから」


「しかし、今……」


「これでも私、一応女です。送り狼は困りますから。私よりも、立場的に、班長が」


「………………」


 なにか言おうとして口を開いて、失敗して口を閉じて。それを何度か繰り返して、ようやく、私が倒れないように抱く手を離してくれた。


「…………木崎は魅力的な女性だと思っているし、心配しているのも確かだ。しかし、俺の立場上プライベートにまで踏み込むのも確かにまずい。いや、その、頼りにはならないかもしれないが、なにかあったら電話してくれ。すぐにいくから」


「あ、はい。ありがとうございます。それでは」


 足元がふらついたりしないのを確認して、歩き出す。

 最寄りの駅から電車に乗って、自宅近くの駅まで揺られる。

 電車から降りて、ご飯どうしようかな? と思った辺りで、さっき班長から言われたことを思い出した。



 ……あれ? 私、魅力的って言われた? 女として価値無しと思われてたのと違う?



 急に顔が熱くなっていくのを感じながら、駅の構内を歩いていた時、ふと、違和感に気付く。



 ……あれ? 誰も、居ない……?



 周囲に、誰も居ないのに気付いた。そして、なんの音もしないことにも。



 何度か周囲を見渡して見れば、(すみ)の方に不自然な暗がりが。



 その、暗がりから、()い出すように。



 顔が黒く塗りつぶされたナニかが現れ。



 逃げる間もなく。



「た、たすけ」



 顔を掴まれて暗がりの中へと引き摺り込まれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] き、木崎さあああああん!!!!!
[一言] シリーズに通じる安心さとともに、今までになかった不安も感じるのです。
[一言] ヒューマンドラマなのでしょう。 死神と人間の間だったり上司との間だったりの。 しかし同時にホラー……いや、ホラーと言うよりはすこしふしぎチックなファンタジーにも。 この後どうなるのか気にな…
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