第一話 : 呑み友
・主人公 : 会社員、女性。
・・一人称 : 私
・・呼ばれ方 : 姐さん
・おっさん : ホームレス(見た目)、男性。
・・一人称 : オレ、おっさん
・・呼ばれ方 : おっさん
煌びやかなイルミネーションに軽快なメロディ。
季節は冬。12月は陽も短く雪もちらつくというのに、世間さまは明るい笑顔と温かな雰囲気に包まれている。
クリスマスが待ち遠しいね。
今年は一緒にクリスマスパーティーしようね。
そこら中で、笑顔の花が咲いている、微笑ましい風景。
その先には、きっと夢のような特別な時間が待っているのだろう。
……まあ、私は、全然笑えないんだけどね。
ああ、鬱陶しい。
この季節になるとどこからか涌いてくる忌々しきカップルども。
もみの木と一緒に燃やしてしまおうか?
ああ、本当に鬱陶しい。
……私は既に、正月の休みを返上しないと仕事が間に合わないかもしれないと言われているのに。
ええい、呪ってやろうか。
……はあ、バカみたい。仕事は性に合っていてやり甲斐があるし給料も良いのに、勤務時間だけはバカみたいに長いのよね。
……正しくは、それくらい仕事しないとちゃんと終わらない。納期に間に合わない。というのが現実。
『残業の無い職場です!』の謳い文句に騙されたなあ……。
確かに、残業はないよ? 雀の涙ほどの役員報酬が毎月出るだけで、それだけ。
確かに、残業はないよ? ……正しくは、残業代はないよ。だけどね……。
ただいまの時刻は、もうすぐ午後10時になるところ。
職場の班長の奢りで食事は済ませたから、これから帰って、お風呂入って、寝るとなると、もう日付が変わってしまう。
明日も早朝出勤して、顧客からのメールチェックして、昨日までの状況を確認したら、始業の時刻になる。
一時間早く出勤したからといって、ほとんどの人が既に仕事を始めていたりするのよね。
……うちの会社、ブラック企業じゃないかしら? と思ったのは入社どれくらいしてからだったか、忘れてしまったわ。
それからの状況、改善することもなく。
仕事が終われば、また次の仕事。あるいは、遅れている別の仕事のヘルプ。
終わりなんて見えないのよねぇ。
……いえ、見えたなら、会社が終わるときね、きっと。
基本給がだいぶ良いのだけは救いよねー。
……でも、残業代出ないのよねぇ……。
……でもでも、四半期ごとの売り上げ次第で、年二回のボーナス以外にも賞与があったりするのよね。
それが楽しみで仕事しているようなものだし。
……でも、通帳を眺めて、増えていく残高を見ながらニマニマするくらいしか、楽しみがないのは、大きな問題よね……。
こんな時は、コンビニで酒とツマミと……あと、おでんでも買って、通勤ルートの途中にある駅の構内へ。
ストレス発散て、大事よね?
「こんばんは、おっさん」
『姐さん、また来たのかい? おっさん言ったよね? もう来るなって何度も言ったよね? ここのところ毎日じゃねぇか』
「あら、そう。じゃあ、この熱々のおでんと日本酒、要らないのね?」
『……いや、要る。おでん食う。いただきます』
駅の構内の、ちょっと一目につきにくいところ。そこに、ボロを着たおっさんが、今夜も暇そうに座っていた。
このおっさん、《死神》を自称して私を追い返そうとしたけれど、その時持ってた日本酒を見せたら、呑む呑むってあっさり釣られてやんの。
それからというもの、手土産持参しては、おっさんが食べて呑んでしてるのを見ながら、愚痴をこぼすようになっていた。
そりゃあ、おっさんは迷惑でしょう。けど、私の家に来るか? と聞いても、首を縦には振らないし。むしろ、養ってあげると言っても、ガチで心配して説教かましてくるし。
……一応、無償じゃなくて、家の掃除やら洗濯やらをやってくれれば、すごく助かるからと口説いてみたんだけど、結果はいつも空振り。
今日も、ガチの説教もらう羽目になるかな?
でも、これがまた、いいのよねぇ。表情と口調から、すごく心配されてるって実感できるから。
なんか変な方向を見て、あっついおでんを容器ごと頭の上に掲げて、両手を合わせていただきますをするおっさんを見てると、なんだか微笑ましくなってくる。
『あつ、あつ、はふはふ』
「ねぇ、おっさん? おでん美味しい? コンビニのだけど」
『ああ、うん。うまいよ、姐さん。この熱さが、五臓六腑に染み渡るようだよ』
熱いのかもしれないけれど、それ以上に、本当に美味しそうにおでんを平らげるおっさん。
だいこん、こんにゃく、ちくわ、はんぺん、ソーセージ、牛スジ、こんぶ、さつま揚げ、とうふ。
一つ食べるたびに、うまい、うまいと、本当に美味しそう。
……あんまり美味しそうに食べるものだから、夕食は済ませたけど、小腹が空いてきたわね……。
「ねえ、おっさん?」
『……(もぐもぐ)……(ごくん)。ああ、なんだい? 姐さん?』
「私にも一つちょうだい? ……あーん……」
雛鳥みたいに口を開ければ、自分の持っている箸と私の口とを交互に見て、悩ましげな顔になるおっさん。
『……おい姐さん、箸、これ一つしかないんだが……?』
「あーん」
なおも口を開いたまま催促すれば、『しかたねぇな、ほら、あーん』と、箸で一口サイズに切っただいこんを、口に入れてくれる。
……うん、意外と美味しい。コンビニおでん、侮りがたし。
『姐さん、うまいかい?』
「ええ、コンビニのおでんって初めて食べたけど、意外と美味しいわ」
『食ったことなかったんかよ……』
呆れたように、も一つ要るかい? と聞かれたけれど、私はだいこん一口で十分満足できた。
コンビニおでん、侮りがたし。
『……ごちそうさまでした。今日も、うまかったです』
最後に玉子を半分に割って、汁にくぐらせて、汁と一緒に食べてから、残りの汁を一気飲み。そしたら、気合いの入った合掌。確かに美味しかったらしい。
それから、ツマミとして買ってきた酢漬けのタコ足をかじりながら、ちびちびと日本酒を飲み、会社の愚痴をぶちまけ、くだを巻き、養ってあげるから、うちにおいでよぉ……と誘ってみたけどすげなく断られて、
………………気が付いたときには、パジャマ姿で自室のベッドの上。目覚ましのアラームに叩き起こされていた。
…………はて? 夢でも見ていたのかしら?