4話「飯を食って寝る」
ずっと誰かに言って欲しかった言葉を聞いて、泣いていたウルフはようやく落ち着き、リーゼから差し出されたタオルで涙や鼻水を拭った。
「落ち着いた??」
「はい。なんか、スッキリしました。」
「だろうね。さっきと比べても顔がイキイキしているのが分かるよ。」
長年、彼を苦しませてきた重荷を外すことが出来たからか、ウルフの雰囲気がまるで別人のように変わっていた。
夢を必ず叶えようと前に進む、と覚悟を決めた男の顔をしていた。
それを見て、リーゼも思わず嬉しさで笑みが零れる。
「よし。とりあえず、ご飯食べようか。お腹、空いてる??」
「正直に言うと、あまり………」
1年間、何も飲まず食わずだったのにも関わらず、空腹を感じていないウルフ。それを見て、リーゼは顎に手をついて彼に質問をする。
「………ちなみに、今まで生きてきてウルフくんは空腹とか感じたことはある??」
「言われてみれば………1度もないです」
思い出してみると、確かにウルフは空腹を感じたことはなかった。孤児院にいた時も、特にお腹は減っていないが、周りの子達が出された食事を食べていたのでそれに合わせて食べていただけだった。
「…………それも加護の影響だね。」
こうして改めて、"無"の加護の能力はとんでもないということを理解するリーゼ。食事を摂取しなくても空腹を感じることなく動き回れるということは余りにも凄いことだ。
恐らくだが、ウルフは空腹だけでなく睡魔とかにも襲われたことがないだろう。
「まぁ………、とりあえずは何か口に入れておこう。」
リーゼはそう言って、焚き火の傍に木の枝で刺さっている肉の塊をいくつか置く。すると、ジューと美味しそうに焼ける音が森中に響き渡る。
そして、肉を焼いている間に彼女はテキパキと採取していた野菜やら山菜やら果物をナイフで切って皿に盛り始める。
一通り盛ったあと、良い感じに肉が焼けたのでそれも別の皿に乗せてウルフに差し出した。
「ほら。簡単な物だが食べると良い」
「ありがとうございます」
受け取ったウルフは肉を手に取り、頬張る。すると、口の中に肉の旨味が広がる。
「お、美味しい!!」
そこからは止まらずに次から次へと肉を頬張り始めるウルフ。
空腹は感じなくても、やはり1年間は何も口にしていないので美味しい食事を口にしたことにより止まらなくなってしまった、というのと今のウルフは育ち盛り真っ只であるからなのかもしれない、とリーゼは推測した。
直ぐに自分の手元にあった分を完食したウルフはお腹に手を置いて満足そうな表情を浮かべている。
「食べ終わったら、そこで寝ると良い。」
「え!?寝る!?誰が!?」
「君が。そこで。」
リーゼはとある場所に指をさす。その場所には藁とかが積まれていて、明らかに就寝用であろう物体が置かれていた。
「君が木刀を振ってる間に作っておいた。寝心地の良さは私が保証しよう。思う存分
、ぐっすりと寝るといいよ。」
「は、はぁ。」
「それに、起きたあと…………君の修行を行う。」
「ーーーーーーーーッッ!!」
修行という言葉を聞いて、ウルフはピクっと反応を見せる。
「きっと、君にとって凄く過酷なものになると思う。だから、寝て身体的にも精神的にも万全な状態で挑んで欲しいんだ。」
リーゼの言葉に嘘は1つもない。心の底からの本音だった。
彼女が組んできた修行の内容は、"無"の加護で無尽蔵の体力を持つウルフだからこそ、成し遂げれるであろうものであった。逆に、これをリーゼや他の人間がやろうと思えばすぐに身体が壊れてしまい再起不能になってしまう。
だからこそ、リーゼはウルフに思う存分寝てもらいたかった。"無"の加護により、その行為が無駄なことだとしても。
「例え無駄だとしてもお願いだから………寝てくれ。」
「ーーーッッ………分かりました。」
リーゼの頼みを不思議に思いながらも受諾するウルフ。そんな顔でお願いだから引き受けるしかない。
ウルフは、彼女が作ってくれた藁の寝床の方へと向かい、その上で身体をゆっくりと倒す。
確かに。リーゼが言っていた通り、寝心地は悪くは無い。むしろ、今まで使っていたどの寝床より1番良いものだった。
しかし、問題が一つだけあった。
「………どうして隣にいるんですか??」
藁の上で横になっているウルフの隣には何故かリーゼも横になっていた。
「ん??別にいいだろ???」
「良くないですけど!?」
「そんなこと言わないでくれよ。一緒に寝ようぜ」
リーゼはニヤニヤとしながらそう言って、ウルフの傍に身体を寄せる。
ーーームニュ
「ーーーーッッ!?」
それによって、リーゼの豊満な胸がウルフの方へと押し寄せる。初めての感触にウルフはビクッと身体を震わす。
女性と並んで寝るのはこれが初めてでは無い。
彼は普段、クリスと一緒に寝ていた。彼女もよくウルフに抱き着いて眠っていたが、クリスには失礼な話、そこまで胸は豊富な方ではなかった。
「あわわ…………」
「ふふ、君にとっては刺激が強かったかな?」
恥ずかしがるウルフを意地悪そうに眺めていたリーゼは更にウルフを自分の方へと寄せたあと、頭を撫で始める。
「ちょーーーー」
先程より、更に感じるリーゼの胸の感触と頭を撫でられている、という行為にウルフは驚き、彼女に言葉をかけようとした瞬間、
「〜〜〜〜〜〜♪」
「ーーーーーッッ」
ウルフは途中で言葉を失った。それは何故か。
リーゼが唐突に彼の耳元で歌を歌い始めたからである。
それは、ウルフが人生で1度も聞いたことがない歌であり、それは、とても綺麗な歌声であった。
(ーーーあれ?)
リーゼの歌声に魅了されているうちに、瞼が段々と重くなっていることにウルフは気付く。きっと、瞼を完全に閉じた頃には彼は夢の世界へと飛び立っていることだろう。
「すぅ…………すぅ………」
案の定、すぐにウルフは瞼を完全に閉じ、暗闇の視界を少しのばかり彷徨ったあと、流れるかのように夢の世界へと旅立った。
「ふふ」
ウルフが寝たことを確認したリーゼは、歌うのを止め、寝息を立てる彼の姿を見てまたしても微笑む。
今度は意地の悪い笑みではなく、まるで母親のような笑みであった。
果たして、ウルフはどんな夢を見ているのだろうか。気になるところではあるがーーー
「今はゆっくりと休みたまえよ、少年。」
ウルフ同様、普通に睡魔に襲われた彼女は一言だけそう呟いたあと、隣で気持ちよく寝ているウルフに抱き着いて眠りについた。
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