2話「1年」
「はい。これで少しは楽になれるはずだよ。」
「あ、ありがとうございます」
唐突に現れた謎の短髪の白髪の女性に助けて貰ったウルフは、その女性に少しの間担ぎ上げられ湖のある場所まで運ばれた後、最低限の治療を施されていた。
とは言っても、傷口に薬草らしきものをすり潰した物体を塗ったあと、包帯でグルグル巻きにしただけだが。
「申し訳ないね。私は治療系の加護持ちじゃないから、こんな簡単なことしか出来なくて。」
女性は申し訳なさそうな表情を浮かべながら薬品やら包帯を箱へと仕舞う。そんな姿を見て、当然ながらウルフは慌てて言葉を出す。
「そんなことないです!!」
命を助けてくれただけでなく、最低限でもウルフに治療をしてくれたのだ。恩を返そうと思っても大きすぎて返しきれない。
そんなウルフの反応を見て、女性は「そっか」と呟いてから薬品などを戻した箱を持って湖の傍に建てられている小さなの小屋へと入っていった。この小屋は彼女が暮らしている建物なのだろうか。
直ぐに戻ってきた彼女は、薬草箱ではなく今度は布らしき物を持ってきてウルフの傍までやって来たあと言葉を出す。
「とりあえず君は私に色々と聞きたいことがあるだろう。それは私も同じだ。山ほどある。だけど、その前に………」
そう言って女性はニコッと、微笑んだあと
「身体を綺麗にしようじゃないか。お互いね。」
「え??お姉さん!?」
女性はウルフが着ているボロボロの服をビリビリと何気なく破いていく。彼女の行動にウルフは顔を赤くし、バタバタとする。
「大人しくしたまえ。服が破れないだろう。」
「恥ずかしいんですよ!!」
「私は気にしないから大丈夫だ」
「僕が大丈夫じゃないんです!!」
名前も知らない初対面の女性に服を脱がされるのだ。羞恥心があるのも当たり前だし焦るのも無理はない。しかし、そんなウルフの気持ちを知らないで女性は彼の服を次々と破いていく。
そして、ウルフは呆気なく素っ裸にされた。
「うっ………」
ウルフは涙目になりながら、まるで服を脱がされた女の子のように胸元と股間あたりに手を伸ばして女性に見られないようにする
「別にそんな所を隠しても私は気にしないよ」
「僕が気にするんですってば!!」
「そうかい、そうかい。」
女性は適当にウルフの言葉を流した後、再びウルフを担ぎ上げて近くにあった湖の方へとポイっと投げ入れた。
「え??」
ザブーンと大きな音と共に大量の水しぶきが舞い上がる。
「げほっ……げほっ。何するんですか!!」
「水浴びさせようかな………と。」
「やり方が雑すぎる!!」
「さて、私も入りますか」
「はい!?」
女性はそう言って、着ていた服を脱ぎ始めた。直ぐにウルフは後ろを向いて大声を上げる。
「な、な、何してるんですか!!」
「服脱いでるんだけど」
「それは見れば分かります!!どうして脱いでるのか、と聞いてるんです!!」
「普通に水浴びするからだけど」
「男である僕がいるんですけど!?」
「私は気にしないと何度も言っているだろう。それに君はその歳で性に目覚めてるのかい??私的には君の方がやらしいと思うけどね」
「ぐっ!!」
ウルフは今年で11歳。この歳ならば、何人かの子は性に目覚めてもおかしくは無い。ウルフはそこまでガッツリと目覚めてはいなかったが、多少なりとも性というものには興味はあった。
「それじゃあ、失礼するよ」
ちゃぷとウルフの背後から音が聞こえてくる。恐らく服を脱いだ全裸な彼女が湖の中へと入ったのだろう。
「どうだい??気持ち良いだろう??」
「まぁ………」
確かに、彼女の言う通り今、ウルフ達が入っている湖はちょうど良い水温で気持ちが良い。肌に付着していた泥や悪魔虎の返り血がみるみると落ちていくのも感じる。
だが、女性がいることによって湖の気持ちよさよりも気まずいという感情が勝っていた。
ムンムンとしながらも先に女性が湖から出るのを待ったあと、少し時間を置いてからウルフも湖から出ようとした。
すると、湖の傍にはタオルと綺麗な衣服一式が置かれていた。きっと、女性が置いてくれたのだろう。
ウルフは感謝しながらタオルで身体を拭いたあと、衣服を身に纏う。どれもサイズがピッタリだった。
服を着たあとは、女性の所に行くと彼女はぱちぱちと燃え上がる小さな焚き火の前で座っており身体を温めていた。
女性は俺の姿を視界に捉えると目を細め言葉を出す。
「お。最初は泥や血であまり顔が分からなかったが、こうして見ると可愛らしい顔してるじゃないか。」
「やめてくださいよ。恥ずかしい。」
ウルフが再び顔を赤くして言葉を出す。しかし、彼女が言うことも一理ある。
彼の容姿は一見、女の子だと勘違いしてしまうぐらい中性的な顔付きをしている。男の子にしては珍しいサラサラな黒髪が更にその容姿を引き立てている。孤児院にいた時も新入りの子に対して女の子だと勘違いされた回数も10を超えているし、なんならクリスに初めて会った時も彼女はウルフのことを最初は女の子だと思っていたらしい。
「服のサイズはどうかな??」
「ピッタリです!!すみません、わざわざ服まで用意してくださって」
「どっちみち拾い物だから気にしないで」
「拾い物??」
不穏なキーワードを聞いてウルフは首を傾げる。拾い物とはどういうことなのだろうか。
ウルフは女性の隣に来るように促されたので、彼女の隣へと行き座る。目の前で燃え上がっている焚き火の温かさが全身に伝わってくる。すると、彼女から焼き魚を何本か差し出されたので頭を下げてから手に取り食べ始める。
少しの間、揃って焚き火に当たっていたところで女性は口を開いた。
「さて。そろそろ自己紹介に入ろうか。私の名前はリーゼ。今は、とある理由でこの『魔族の森』で密かに暮らしている。よろしくね。」
リーゼと名乗った白髪の女性はビシッと親指を立ててウルフに突き出す。
「ウルフです。一応…………冒険者やってました。」
気まずそうな表情を浮かべながらウルフは自分の名を名乗った。
冒険者と聞いて、ピクっとリーゼは反応を見せる。
「へぇ、冒険者だったんだ。ちなみにランクは??」
「………Fです。」
「なるほどね………。どうして君が『魔族の森』に足を踏み入れたのか、何となくわかった気がするよ。」
「なんか………すみません。」
「謝ることじゃない。人生のあるあるさ。」
冒険者を長年やって結果が出ずに自ら命をここで放り投げる人は少なくないらしい。しばらく『魔族の森』で暮らしているリーゼはそう言葉を告げた。
「リーゼさんはどうして『魔族の森』に??」
ウルフは彼女と出会ってから1番に疑問に思っていたことを思い切って言ってみた。『魔族の森』は悪魔虎のような高ランクモンスターがうじゃうじゃと生息している危険な場所だ。そんな危険な場所に堂々と1人で暮らしているリーゼの考えが分からない。
「個人的な調査さ。ちょっとここで調べたいものがあってね。」
「調べたいもの??」
「これ以上は秘密事項だから追求しないでくれると助かるかな」
「わ、分かりました」
非常に気になるところではあるが、リーゼが嫌がることならば、と思いウルフはそれ以上質問することは無かった。
「それにしても君は運が良いね。」
「運が良い………ですか??」
「うん。ここまで来るのにだいぶ大変だったんじゃないか??」
「そうですね………。元々、死ぬためにここに来たのに怖くなって3日ぐらいずっと走ってましたからね。」
「ちなみにいつ、ここに入ったんだい??」
「6月24日のお昼ぐらいですかね………」
「ーーーーーえ??」
むしゃむしゃと焼き魚を美味しそうに食べているウルフの言葉にリーゼは驚愕の表情へと変わる
「もう一度言ってくれるかい??」
「え?あ、はい。6月24日の昼……12時ぐらいに入りました。」
ウルフの言葉を聞いて、リーゼはありえないと言わんばかりの表情を浮かべた。
どうしてリーゼは驚いているのか。
今、現在。日時は6月24日の夜だ。時間帯で言ったら20時といったところだろうか。
そして、『魔族の森』の入口からウルフがリーゼと出会った場所までの距離は約145km。11歳の男の子の足を速さを平均的に分速300mと捉えると…………
ウルフは8時間の間、少しもスピードを落とさずに『魔族の森』を走り続けたということになる。
いや、もしかしたらウルフには速さに特化した加護があるのかもしれないとリーゼは考える。"疾風"………いや"神速"辺りの加護ならば納得がいく。
本来ならば自力で『魔族の森』の中心部までたどり着くのに最低3、4日はかかるのだ。そうでなければ話が繋がらない。
なので、加護は何かとリーゼはウルフに問う。
すると、ウルフは悲しそうな表情を浮かべてこう答えた
ーーーーー何も持たない"無"の加護だと。
それによって周りから"無能"と呼ばれるようになったということをウルフは彼女に教えた。
あと、追加で悪魔虎に追われている時にどうやって逃げていたのか、とリーゼはウルフに聞く。
ここは悪魔虎だけでなく数多くのモンスターが生息している。そんな中、どうやって"無"の加護持ちであるウルフは中心部までたどり着くことが出来たのか、気になったからだ。
リーゼはの質問にウルフは素直に答える。
どうやらウルフは生まれた時から視力・聴力・触覚・味覚・嗅覚といった五感が一般の人に比べて優れているらしく、それらをフルに活用させながら逃げていたという。
ーーー両目2.0ある視覚でモンスターがいるか、いないかを見極め、
ーーー1km先に落ちたコインの音を聞き取る程の聴力でモンスターの足音を聞き分け、
ーーーモンスターから発せられる気圧を肌で直接感じ取り、
ーーー途中に口の中に入れた草や土でどんなモンスターがいるのかを判断したり、
ーーーモンスターの獣臭や血の匂いを嗅ぎ分けたりしていた
と、ウルフは苦笑いで思い出すように語った。
そんな話を聞いてリーゼはウルフは"無"ではなく"五感"に特化した加護ではないか、と予測するが創造神『アルファー』がそんな間違いをするとは思わないし、加護が授かるのは5歳になってからだ。生まれたときから五感が優れているという話が本当なら生まれ持ったウルフ自身の能力なのだろう。
ウルフの語った言葉を頭の中で整理するかのように再生させながら、リーゼは顎に手をつけて何か必死に考えてるかのように真剣な表情を浮かべる。
そして、1つ。ある仮説がリーゼの頭の中に思い浮かぶ。
「いや、そんなことが実際に有り得るのか??だが、そうでなければおかしい。」
ブツブツとリーゼは次から次へと言葉を早口で話していく。その姿は不気味以外、何者でもなかった。
「あの………、どうかしたんですか??」
心配になったウルフはリーゼに声をかけるが………
「もし、彼の加護の力が本当にそうだった場合………、この子はかなりの大物になるぞ。原石だ。それにまだこの子はまだ若いし、成長も期待できる。剣術を叩き込めば……、あぁ、想像するだけで恐ろしいな」
ウルフの声が耳に入っていないのか、ひたすらブツブツと独り言を呟くリーゼ。なんだか、次第に恐怖感を抱くようになる。
「ウルフくん!!」
「うわぁ!!」
突然、リーゼはガシッとウルフの両肩に手を置き顔を近づける。綺麗な女性の顔が視界いっぱいに映り込み、思わず顔を赤くしてしまう。
「少しだけ君の話を聞いて試したいことが1つだけあるのだが………やってはくれないだろうか!!」
「試したいこと??」
「あぁ。」
両手から手を離したリーゼは懐から、とある物を取り出してウルフに差し出す。
「木刀??」
そう。彼女が取り出したのは店とかに市販しているただの木刀だった。新品だからか、ピカピカしている。
だが、どうしてリーゼは新品の木刀を差し出したのだろうか。
「今から君にはこの木刀を使って素振りをして貰いたい」
「素振り………ですか??」
予想外な要求に思わずウルフは目を丸くしてしまう。なぜ、素振りをしなくてはならないのか意味が分からなかった。
「理由はまだ分からなくて良い。ただ、君には素振りをして貰いたいんだ」
「まぁ………いいですけど」
素振りする理由は分からないが、命の恩人の頼みだ。素直にウルフは引き受けることにした。
木刀をリーゼから受け取ったウルフは、シスターに教わった基本的な構えをとる。
「何回素振りすればいいですか??」
「そうだね。とりあえず、私がやめてと言うまではずっと続けて欲しい。回数は数えても良いし、数えなくても良い。」
「??………分かりました。」
いくつか疑問に残るところではあるが、頷いたウルフは木刀をゆっくりと上の方にあげ………
(1回)
ーーーブゥン!!と気持ちの良い風を斬らす音をならせながら振り下ろした。
それをウルフはリズム良く繰り返す。
(2回、3回)
ーーーブゥン、ブゥンと風を斬る音が『魔族の森』から響き渡る。
ウルフは手を抜くことなく1回1回の動きを大切にし、余計な考えはせずに全神経を両腕に捧げて素振りを行った。
(4回)
ーーーブゥン………
(13回)
ーーーブゥン………
(59回)
ーーーブゥン………
(107回)
ーーーブゥン………
(313回)
ーーーブゥン………
(816回)
ーーーブゥン………
(1496回)
ーーーブゥン………
(3298回)
ーーーブゥン………
(9523回)
ーーーブゥン………
(14958回)
ーーーブゥン………
(44629回)
ーーーブゥン………
(68524回)
ーーーブゥン………
(99991回)
ーーーブゥン………
(113695回)
ーーーブゥン………
(136947回)
ーーーブゥン………
(150000回)
ーーーブゥン………
ーーーブゥン………
ーーーブゥン………
ーーーブゥン………
ーーーブゥン………
どれくらい時間が経ったのだろうか。
かれこれ3日は振り続けてるのではないか。
回数は15万回を超えたあたりから数えるのをやめた。
リーゼは何を思ってこんなことをやらせているのだろうか。
色んな考えが過ぎるが、直ぐにウルフは考え事を辞め目の前のことに集中する。
ただ、ひたすらリーゼから声を掛けられるまでひたすら素振りを続けた。
そして、ついに……
「もう大丈夫だよ。ありがとう」
背後からリーゼの声が聞こえる。なんだか、久しぶりに聞くな、と思いながらウルフは素振りをやめた。
「あれ??」
そして、くるっと背後を振り向き、リーゼを視界に捉えると少しだけ違和感を感じた
「リーゼさん………髪伸びました??」
そう。素振りを始める前は白髪のショートヘアだったリーゼさんが白髪のロングヘアへとなっていたのだ。長髪へとなっている彼女はより女性さが増して綺麗になっていた。
「てか、俺も伸びてる!?」
素振りをやめて自分自身に初めて感じる違和感。それはウルフ自信にも髪の毛が伸びていたのだ。リーゼ程ではないが、それでも首元辺りまでは髪が伸びていた。
一体、何が起こっているというのか。
少しの間、混乱しているとリーゼは口を開く
「やっぱり。私の思った通りだったね」
「リーゼさん??」
真剣な表情を浮かべたリーゼさんはウルフの傍まで近づいたあと、再び言葉を出す
「ウルフくん。私が君に素振りをやらせてからどれぐらい経っているか分かるかい??」
「え??3日ぐらいじゃないんですか??」
3日、と聞いてリーゼは思わず苦笑いになる。
「1年だ」
「はい??」
「君は素振りを始めてから1年間ひたすら続けていたんだ。」
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