1話「大丈夫かい?」
ーーーブゥン!!
と悪魔虎の爪は空を切った。その反動により、何本かの木が切り裂かれ倒れていくのを、ウルフは息を荒らげながら見ていた。
どうして、自殺希望のある彼は悪魔虎の攻撃に当たらなかったのか。もし、食らっていれば楽に死ねたのにも関わらず。
理由は1つしかない。
死にたくなかったからだ。
ウルフ自身、死にたいと思っていても死に直面しそうになった瞬間、ウルフの本能は死にたくないと叫び上げ、身体が動いた。
悪魔虎は「グルル………」と唸りながら、攻撃を躱したウルフを睨みつける。恐らく、自分の攻撃を躱したウルフのことが気に入らないのだろう。
「う、うわぁぁぁぁ!!!」
死にたくない!!という本能によってウルフは叫び声を上げながら、その場から素早く立ち上がって後方に走り出す。当然ながら悪魔虎もウルフの後を殺すため追い始める。
とは言っても、悪魔虎の足の速さはAランクモンスターでも群を抜いている。
速さに非常に特化している加護を持っていない限り、逃げ切ることは不可能だ。加護が"無"であるウルフの場合は尚更のことだ。
直ぐに悪魔虎に追い付かれて、自慢の爪でその小さな背中を切り裂かれるであろう。
実際、悪魔虎はすぐにウルフに追い付いた。そして、狙いを定めて爪を思いっ切り振り下ろすが…………
ーーースカッ
「ーーーーーーーーッッ!?」
またしても、爪は空を切った。またしてもウルフは悪魔虎の攻撃を躱したのだ。今度は狙いを定めたというのにも関わらず。
悪魔虎は考えた。目の前にいる人間は"回避"に特化した加護の持ち主なのではないか………ということを。じゃなければ、こんな幼い人間がAランクモンスターの攻撃を躱せれるはずがない。
しかし、それは悪魔虎の単なる思い違いだ。ウルフは何も出来ない"無能"。そんな立派な加護なんて持ってはいない。今も「死にたくない死にたくない」と心の中で何度も何度も叫びながら必死こいて走っている。
その姿を見て、悪魔虎は怒りを露にする。
当然だ。己は誰もが恐れるAランクモンスター。自慢の爪で数多の人間を葬り去ってきた。
それなのに、目の前にいるガキ1人に手こずっている自分が腹ただしい。
「グオォオオオオオオオオオ!!!」
悪魔虎は咆哮を上げながらウルフに襲い掛かる。本気で彼を殺すために。
両腕両足の鋭い爪を振り下ろし、口の中に生えている大きい牙で噛み砕こうとしたり、棘のような毛を勢い良くウルフに目掛けて発射したりした。
これだけすれば、いつか………いつかは当たるだろうと思っていた。
しかし、その予想は儚く、そして悲しく散ってしまう。
「うわぁぁぁぁ!!!」
ーーースカッ
「うおぉぉぉぉ!!!」
ーーースカッ
「ぎゃああああ!!!」
ーーースカッ
「死ぬぅぅぅぅぅ!!!」
ーーースカッ
「助けてぇぇぇぇ!!!」
ーーースカッ
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!」
ーーースカッ
「ーーーーーーーーッッ!?」
ウルフは涙目で叫びながらも悪魔虎が繰り出す全力の攻撃を全て紙一重で回避してしまったのだ。
大量に生えている木々を利用して、絶妙のタイミングで身体を動かしたり、逃げ道を変えたりしてウルフは攻撃を躱していた。
まるで、悪魔虎が繰り出す攻撃がどのタイミングで自分の方に来るのか。そして、それと同時にどうすれば、その攻撃を躱すことが出来るのかが事前に分かっているような動きだ。
ハッキリ言って正気の沙汰じゃない。
何度も言うが、ウルフの加護は"無"。何も持たないただの"無能"だ。
"無能"がAランクモンスターの全力攻撃を回避出来るなんて不可能のはず。はずなのだが…………
現に"無能"は紙一重ながらもAランクモンスターである悪魔虎の攻撃を躱している。
それと、もう1つ。悪魔虎は気になっていることがある。
それは、ウルフの足の速さが一向に衰えないことだ。
かれこれ、悪魔虎がウルフの後を追いかけ初めて結構な時間が経過している。
それでもなお、ウルフは足を止めない。なおかつ、足の速さは未だに変わっていない。
本来なら、少なくとも疲労によって多少ばかりは遅くなるはずだ。いや、なんならバテてもおかしくは無い。
それほどに時間が経っているのだ。
それでも、目の前にいるこいつは………
「うわぁぁぁぁ!!!!」
足を止めることなく、無様に叫び声を上げながら走り続けている。
どういうことなのか!?こいつは回避に特化している加護じゃないのか!?
と、勘違いしている悪魔虎は初めてウルフに対して動揺を見せる。
数多くの冒険者を見てきた悪魔虎だが、ウルフのような人間は初めてだった。
さらに暫く攻撃を仕掛けながらウルフのことを追う悪魔虎。
ここで、悪魔虎の方に転機が訪れた。
ーーーグキッ!!
「しまっーーーーーーー」
走り続けていたウルフの左足が踏み場所が悪かったのか曲がってはいけない方向に挫いてしまいそのまま転倒してしまったのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そのまま重力に従うかのように転がり落ちるウルフ。
そして、周りよりも一回り太い大木に背中がぶつかりながら止まった。
「かはっ…………………」
背中が大木に触れた衝撃がウルフの全身を襲い、動けない状況へとなってしまった。
(まずい!!!)
身の危険を感じたウルフは動け!!動け!!と思いながら身体を動かそうとするが身体が言うことを聞くことは無かった。
そして、こんな美味しい状況を見逃すほどAランクモンスターは甘くはない。
悪魔虎は舌をペロリとさせながら弱っているウルフを眺める。さぞかし、運動したあとの食事は美味しいことだろう。
悪魔虎の姿を捉えたウルフはビクビクと震える。
ゆっくりと近づいた悪魔虎は大きく口を開け、動けないウルフの顔を口の中に入れる。どうやら顔面を噛み砕いてから食するようだ。
「助け………て……」
ジトッ………と悪魔虎の涎を頬で感じ取りながらウルフは涙を流して掠れた声で言葉を出す。
「死にたく………………ない」
ウルフはそう呟くが、それが叶うことは無いだろう。
そして、悪魔虎がウルフの顔面を噛み砕こうとした瞬間ーーーーー
「お、珍しいね。こんなところに人がいるなんて。」
「ーーーーーーーーッッ!?」
どこかで声が聞こえた。
女性だろうか。とても綺麗な声だ。
その謎の声を聞いた悪魔虎は周りを見てあることに気づく。
今、ウルフと悪魔虎がいる場所は『悪魔の森』の丁度中心部辺りだ。
それを理解した瞬間、悪魔虎の背筋がゾワッと震える。
その中心部とは、この『悪魔の森』に生息している全モンスターが近寄らない場所。
言い方を変えるとするならば、この先、まだ生きたければ絶対に近寄ってはいけない禁断の場所だった。
悪魔虎は直ぐにウルフなんて放っておいてこの場から立ち去ろうとしたが時は既に遅し。
ーーービュン!!!
まるで風のような何かがウルフと悪魔虎の間を通り過ぎた。
それと、同時に悪魔虎の頭が胴から切り離されていた。
「ーーーガァ??」
まるで、「は?」と言っているかのように呆気なく鳴いた悪魔虎。
一体、何が起きたのか分からない悪魔虎。唐突に自分の顔が胴体から離れたのだ。そう思うのも無理はなく、そのまま悪魔虎の顔は森の奥へと吹っ飛んで行った。
残された胴体の首元からは大量の血が噴射される。
意識が朦朧としているウルフはその血を真正面から浴びて肌や身に纏う衣服が赤く染まった。
コツコツと誰かがウルフに近づく音が聞こえる。誰なんだ、とウルフは顔を上にあげると…………
「やぁ、君。大丈夫??」
綺麗な白髪が特徴的な女性がニコッと微笑みながらウルフに手を差し伸べていた。
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