伏兵。
それから数日後の放課後だった。
オレは緑川達と8人くらいで、かくれんぼ兼鬼ごっこをしていた。隠れて見つかっても、タッチされなければ大丈夫と言う遊びだ。範囲は学校の敷地内のグランドと駐車場以外全部。正直鬼にはなりたくないので、ジャンケンはかなり真剣だった。
緑川が鬼に決まった。緑川は成績は悪いけど、スポーツは学年1だし、何より勘が冴えていた。だから隠れ場所は重要だった。見つかりにくくて逃げやすい場所。まぁ、見つかったら逃げ切るのは難しいんだけど。
オレは中庭の垣根の裏に隠れる事にした。いい感じに、見えそうで見えない。しばらくそこでじっとしていると、二階の窓が開いて、
「やばっ‼︎」
と言う声と共に窓が閉まり、プリントが落ちて来た。見ると、夏休み要項、と書いてあった。そう言えばリュウヘイが、
「またレンとさわが何か頼まれてた。」
って言ってたな。2人でやってるのかと思うと、ちょっとモヤっとして来た。
数分後、さわが1人でプリントを拾いに中庭に来た。手伝おうかと悩んでいると、
「8枚、と。あ、あんなとこにも〜」
と、さわが言うのが聞こえた。オレの隠れてる直ぐ近くの木に引っかかっているみたいだった。流石に出ようかと思った時、鬼の緑川が来るのが見えて、慌てて隠れ直した。
「あーやだー蜘蛛の巣がある〜」
さわの困ってる声が聞こえるけど、ごめん。と思って隠れていると、
「わっ‼︎」
と言うさわの声と、バサバサっとプリントが落ちる音がした。
「これ取ろうとしてたんじゃねーの?」
緑川の声がした。垣根を挟んで直ぐ側だ。
「そ、そう。ありがと!」
さわのちょっと焦った声がして、プリントを拾い集める姿が、垣根の隙間から見えた。
「あ、髪に蜘蛛の巣付いてる。」
緑川がそう言うと、
「えっ!やだ‼︎」
と、さわが言った。隙間からだから分かりにくいが、どうやら緑川が取ってあげてるようだった。オレはモヤモヤしていたが、出るタイミングを完全に逃した為、出るに出られなくなっていた。
「…耳真っ赤だよ。照れてんの?」
緑川がそう言うのが聞こえた。オレは、えっ?と思って耳を研ぎ澄ませた。
「さっきキスしちゃいそうになったから?」
な、何ー⁈
「いやいやいやいやいや、違います。」
さわはそう言ったけど、明らかに声がいつもと違った。いやも多いし。
「オレはしちゃっても良かったけど。」
緑川はそう言った。いやいやいや、ちょっと待て。聞き捨てならねーな。
「もう本当やめて。からかわないで。」
さわはそう呆れた感じで言った。
「…本気ならしていいって事?」
えっ⁈
「…蜘蛛の巣、もう取れた?」
さわが話を逸らした。
「オレはしたいけど。」
「えっ」
と言うさわの声とプリントがまたバサバサっと落ちる音と、窓がガラっと開く音がして、
「さわっ‼︎プリント10枚‼︎」
と叫ぶレンの声がした。
そして、オレはレンと目が合ってしまった。レンの顔は、いつもと違っていた。
「えっ?あ、10枚?」
と、焦るさわに、
「あ、ごめん、9枚かも。」
レンはそう言って、ちらっとオレを見た。オレが1枚持ってるのが分かったらしかった。
さわがプリントを持って慌てて去って行くと、
「レン!邪魔すんなよ。」
と、本気なのかちょっと分かりづらい感じで、緑川が言った。レンは、ははっ。と笑って、バンっと窓を閉めた。
緑川も去って、オレは長い溜め息をした。緑川はまだ、さわを好きなんだ。
ちょっとして、ガサガサっと音がして見ると、レンがいた。さっきもだけど、レンには珍しく、見るからに怒っていた。
「何やってんだよ‼︎」
声は抑えていたけど、怒りが伝わって来た。
「あいつ、マジでキスしようとしてたんだぞ!あの距離に居て何やってんだよ!」
「声だって聞こえてただろ⁈内容から危機を感じろよ!」
レンは立て続けに言った。オレは、返す言葉が無かった。
レンは、ふーっと息を吐いて落ち着くと、プリントをオレから取って、
「ジュンペイならまだしも、オレは緑川やリュウヘイとかに取られたくないからな。」
と言って去って行った。
オレだって、レンなら仕方ないと思ってる。同じだけど、あの時、さわはどうするんだろうって思っちゃったんだよ。緑川に迫られて、さわはどうするんだろうって。もっと言えば、断るのを期待したんだ。
緑川は、最近はさわよりシイと仲が良いって噂を聞いていた。だから今はシイなのかもって思ってた。
でもその前はさわと仲が良かった。だからもしかしたら、さわも緑川の事を好きになっているかも知れなかった。緑川はおちゃらけてるけど、悪い奴ではない。もしかしたら、もしかするかも知れないってヤツだ。
でも、正直なところ、さわの気持ちはよく分からなかった。
確かなのは、レンが居て助かったって事だった。