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Soper Taboo Soup  作者: 一救護 奈々
1/1

プラズマライターは嫌いだ。煙草が不味くなる。


「――プラズマライターは嫌いだ。煙草が不味くなる」


 PiPiPiPiPiPi……

 午前八時。快晴。

 けたたましい電子音が狭いワンルームの部屋に鳴り響く。

 部屋の住人である青年がむくりと起き上がり、小さくため息を吐いた。

 ……最近の目覚めはいつもこれだ。青年は目覚まし時計の頭を叩き、静かにさせる。それからもう一度、今度はさっきよりも深めの溜め息を吐く。


「たまには目覚ましでスッキリ朝を迎えたいってのは、贅沢な悩みなのか……」


 青年は生まれてこの十九年間毎朝、夢の中に現れる謎の愛煙家美女に煙草の名言らしきものを告げられ起きている。おかげで寝坊したことはないが、なんとなく目覚めが悪い為に好きになれない。


「今日も今日とて働くゾ……、っと」


 モソモソとロフトベッドから降りて出勤の準備を始める。まだ寝ぼけているのか、ワイシャツを裏表逆に着ている事に気が付いていない。

 シャツが裏返しなこと以外は準備が終わり、時間に余裕がある為、携帯でネットのニュース記事を漁っていると、なにやら閲覧数が異常に高い記事を見つけた。


「この指名手配犯が絶世の美女でワロタ……、か。俺は毎朝美女に名言頂いてるよ……」


 どうせ中途半端なブロンド女だろうと記事の画像を見てみると、長い黒髪で少し狐目。端正な顔立ちでなんとなく人を見下した表情に咥え煙草の、今にも煙草の名言を言いそうな美女が。


「ぷ、プラズマライターが嫌いそうな顔だ……」


 知った情報はすぐに使いたいタイプらしい。しばらく画像から目を離さずにじっとしていた。

 ふと時計を確認して、すでに遅刻だと気づいた青年。


「ああっ! シャツ裏返しじゃん!」


 シャツの事にも気づいた青年だった。




「遅れましたぁっ! すいません!」


 勢いよくドアを開けて入ったのは駅前の小さな喫茶店。青年の職場である。

 この春に入社してから半年経つが、初めての遅刻であった。よもやクビになるのではないかと不安がよぎる。すると店の奥から四十代半ばの、ベスト姿が妙に合う男がやってきた。彼がこの店のオーナーである。


「いや、遅れましたって……。今日休みだよ納都君?」


「はい、はい?」


「シフト表見間違えたんじゃないの?」


 壁に貼ってあるシフト表には青年の名前、仲崎納都は休みになっていた。


「よ、よかった……。クビになるかと思いました……」


「ははは、流石に遅刻一回でクビはないよ」


 青年、仲崎の杞憂を笑い飛ばす店長。


「まあうちみたいな小さな喫茶店じゃあ、クビも何もないさ」


「それもそうですね!」


「だからって本当に遅刻するのはだめだからね?」


 それから何気ない会話が五分ほど続いたが、仲崎はふとあの指名手配犯のニュースを思い出した。


「あれ知ってますか? 美女の指名手配犯」


「知ってるよー、あんな美人がなにしたんだろうねえ。テレビでずっと報道してるよ」


 そういいながら店のテレビを点けるとまさにそのニュースを取り上げていた。


「そう言えば何の容疑かは報道されてないんですね」


 テレビでも延々と彼女を見つけたら通報しろというばかりで、一向に罪状を伝えてはくれない。

 ならばと携帯で調べても情報は皆無だった。


「美人過ぎる罪とかじゃないかなぁ。罪な女ってね!」


「店長寒いよ、朝から」


 辛辣な言葉と共にバイトの女子高生、佐竹美鈴が出勤してくる。明るめの茶髪をポニーテールにくくった姿は男性客に絶大な支持を受けている。


「お、おはよう美鈴ちゃん。今の、そんなに寒かったかな?」


「寒いです。冬前からすでに極寒です」


「美鈴! 店長が冷たくなってるから!」


「寒いからでしょ」


「やめたげて!」


 安っぽい小劇場も一通り終わったところで、美鈴が仲崎に問いかける。


「なんでいるんですか? 休日出勤ですかそうですか私が代わりに休みもらいますねありがとうございます」


 もはや問いかけというか答えまで用意していたようだ。


「そうなんだよ美鈴ちゃん。納都君がどーしても働きたいって聞かなくて……」


「乗らないで下さいよ! 違うからね? シフト表見間違えただけだから!」


「休日も働けばいいのに」


「なんで?」


 小劇場の第二幕が開きかけたその時、テレビの声が混乱を届ける。


『……尚、犯人は現在橿宮町(かしみやちょう)に潜伏しているとの情報です。お住いの方は戸締りをしっかりしてなるべく外出しないようにしてください』


「……ねえ納都、ここってなに町だっけ」


橿宮町(かしみやちょう)だな……」


「はい今日は閉店します帰りましょう! 今すぐに!」


「「「お疲れさまでした!」」」


 綺麗なハーモニーを奏でた後、三分と経たずに三人は帰路に着いた。




 とんでもない休日になった。夢の美女が一体何者なのかはわからないが、指名手配されるほどなのだから関わらないほうがいいに決まっている。明日から夢に出てこないことを祈る仲崎だが、どうにも祈りが通じない気がしてならない。


「くそー、なんだってこんな辺鄙(へんぴ)な町に潜伏なんてしたんだよ……」


 と、仲崎の携帯が着信を知らせる。液晶には店長の文字が。


「もしもし? どうかしましたか?」


『あー納都君。言い忘れてたけど、これから一週間は店開けないからさ、まあ良い休暇だと思ってよ』


「有給ですか?」


『ははは! そんなまさか。それじゃあ気を付けてね!』


「ちょっと! 困りますって!」


 ぷっつりと電話が途切れてしまった。


「な、なんだよそれ! ああもう! とにかくまずは食糧買いだめして、それから……」


 籠城作戦に出ることにした仲崎は近所のスーパーに向かった。

 五分後、目的のスーパーについたものの、いやに人気が無い。まさかと思い自動ドアの前に立ってみると、開くことなく無反応であった。


「そりゃそうか……。うちの店も閉めてるんだしな。おかしくはないけど……、ないけどさあ!」


 思わず頭を抱えてうずくまる仲崎。しかしこうもしていられないのだ。何とか最低一週間分の食糧を手に入れなければならない。


「どうすんだよもう!」


 顔を上げた先には、奇跡的にまだ店じまいをしていないコンビニが一件。


「ラッキー! 日頃の行いの良さが出てるなぁ!」


 人間、目先の利益に飛びつくときは危機感が薄れるものである。この時の仲崎もまた、幸運の裏に潜む不運に気が付くことができなかった。

 最もシャツの裏表も間違える程のおバカさんなのだが。




「すいませーん! まだ空いてますか!」


 元気大盛り夢一杯の表情で飛び込んできた仲崎。異変にはまだ気が付かない。


「あれ? 店員さんいないのか……」


 元気大盛り夢半分の仲崎。異変を少し感知。


「ん? なんでいないの? そういや店内荒れてるな……」


 元気中盛り夢半分の仲崎。異変を次々発見。


「も、もしかして店放置して逃げたのか……?」


 元気小盛り夢少々の仲崎。異変の根源まであと少しでたどり着く。


「……なーっさけないなぁ! 最近のコンビニバイトは! 潜伏っても別にコンビニにゃ来ないだろ!」


 元気山盛り夢爆発の仲崎。脳みそが年々削られているかのような知能。


「全くその通りだ。情けないにも程がある。私の顔を見ただけで逃げ出すんだからな」


「うあああぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁあぁぁぁああああ! 夢美人!」


「そのあだ名にはセンスを感じない」


 いつの間にかレジカウンターに足を組んで座っていたのは夢美人、もとい指名手配犯。

 何故かオレンジ色のつなぎをザックリと胸元を開いて着こなしている。アメリカドラマに出てくるセクシーな女囚人のような出で立ちだ。


「なぁお前、私がなんで追われてるか知ってるか?」


「ううおううぉう!」


「はぁ……。毎日会っていてもこれか」


 その発言にハッとする仲崎。夢美人は、やはりこちらの事を知っているのだ。


「な、なんで僕の夢の中に出てきたんでしょうか……?」


「お前、特撮モノ好きだろう」


「え、いや、まぁ……。好きですけど」


「だから」


「分かったふりしときます」


「上出来だ」


 微妙な質問に曖昧な返答。

 結局理由は解らず終いだが、会話が終われば後は逃げ出すのが仲崎にとっての最善策なのだが。


「おい」


「は、はい!」


 強い口調で言われたわけでもないが、つい敏感になってしまう。仕方がない。謎だらけの指名手配犯と対面しているのだから。


「ライター取ってくれ。その辺の棚にあるだろう」


「プラズマじゃないやつ!」


 コンビニにはプラズマライターなど置いてはいないが、ここでも仕入れたての知識を使いたいらしい。


「ど、どうぞ!」


「ん。……まぁそう固くなるな」


 過剰なまでに緊張して入部したてのバレー部員のような仲崎を見かねて夢美人が言った。


「い、いえいえ! そんな滅相もございませんです!」


「節度とマナーと常識とルールを守って明るくエキサイティングに親しくフレンドリーに接してくれればいい」


「え、えっと、かしこまり……ました?」


「違う」


「オッケー!」


「はぁ?」


「わかりました!」


「……ゴーカク」


「よかった……」


 難問に正当して安堵したのもつかの間。夢美人から次の命令が飛ぶ。


「納都、レジの裏行って煙草探してきてくれ」


「はい! えっと……」


 銘柄は、と言いかけて言葉を飲み込む。夢美人の好む銘柄は予習済みだったの思い出したのだ。


「わかりました」


 そう言ってレジの裏に行く。煙草の棚を覗けばすぐに見つかった。夢で何度も見せられた銘柄だ。


「Super Taboo Soup……。これですよね」


「正解だ」


 夢美人が満足げに箱を手に取り、ビニールを剥がす。中の銀紙を点線に沿って千切り、箱から一本取り出す。咥えて、軽く吸いながらライターの火で先端を炙る。

 その動きのどれもが美しく、紫煙までもがドレスの様に纏いついた。


「あ……、綺麗です……」


 素直な感想であった。煙草は悪とし、喫煙者への偏見が少なからず募っていた仲崎でさえ美しいと思った。


「あぁ、そうだ」


 何かを思いだした夢美人に声を掛けられ、見惚れてぼーっとしていた仲崎の意識が戻る。


「なんですか?」


「自己紹介、してなかったな。いつまでも夢美人なんてストレートな名では困る」


「そ、そうですね」


 美人は否定しないようだ。


「涼子だ」


「上の名前は?」


「涼子だけでいい。苗字はない」


「そうですか……。あ、僕の名前は」


「仲崎納都。もう知ってる」


 そういえばさっき名前を呼ばれたな、と思い出す。なぜ自分の名前を知っているかなど、こんな状況では些細な事であった。


「それから……」


「まだなにか?」


 パチン、と涼子が指を鳴らした瞬間に入り口のシャッターが勢いよく閉まった。


「うわあっ! な、何!?」


 突然の出来事に仲崎が戸惑っていると、涼子はニンマリと笑いながら一言。


「逃がさんぞ?」


「や、やだなぁ……。あはは……」


 すっかり嵌められた仲崎であった。

 いかがでしょうか。

 寝る前に妄想とかってよくしますよね。それをまぁ楽しんで貰えたらなと思ってます。

 あーしたほうがいいこーしたほうがいいって言うのも聞かせてもらえたら嬉しいかなと思います。

 

 それではまた。

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