第5話:飛
「えー…今からバスに乗って、毒蛇島に向かいます。各班長は、自分の班の班員達の点呼を忘れないで、また行方不明者が出た場合は個人の責任として見捨てて下さい。それでは…皆さん、バスに乗って下さい。よい旅を…」
朝っぱらから、校長の長い演説が終わり眠気もある事からツッこむ事も忘れ、蘭呶は欠伸をしながらバスに乗り込んだ。
今日から待ちにまった14日間の林間学級!
班長と言うくだらない役職を付けられたが、2週間も玲夢と居られる事が最大の喜びではあった。
「よっ!蘭呶」
元気よく肩を強めに叩かれて蘭呶は少し不機嫌そうに後ろを振り向くと、陸が立っていた。
「なぁなぁ、何でマフラーなんかしてんだよ。確かに今は朝っぱらで寒いけどさ、昼からは暑くなるぜ?」
ほっといてくれ!蘭呶は無言で頷き自分の席を探し始めた。
蘭呶の手の中には小さな紙が握られている。それは、自分の席番号の紙だ。紙には『S‐2』と書かれている。
バスの壁には番号が書かれているので、蘭呶はそれを見ながら奥へと歩いて行った。
しかし、バスの壁にはRまでしか無く、その次のSが無い…。蘭呶は見落としたかな?と思い、また戻る。
運転席付近に来ると、やっとSと書かれた番号を見つけたので、S‐2と書かれた席に座る。
しかし、そこは違和感を覚える場所だった。
運転席の隣の席…バスガイドさんが座る席の真隣。
そのうちに、先生方が乗ってきたので蘭呶は先生に質問をする。
「先生…俺の席だけおかしく無いですか?」
鬼先生は蘭呶に振り向くと笑って答えた。
「気にするな!単なる嫌がらせだから」
嫌がらせかよっ!でも、そんな嫌がらせでも蘭呶にとっては嬉しかった。
この長い道のりを、会話などしないで1人で過ごせるのだから。
最後にバスガイドさんと、運転手が乗ってくる。
2人は蘭呶を挟む様に座ると、運転手はバスを発進させた。
しばらくして、バスガイドが席を立つと後ろを向きガイドを始める。
蘭呶は気にも止めずに、ただただ前を向いていた。
7時間が経った頃には、クラスの皆は疲れきって熟睡をし始めていた。朝早かったせいか…それとも、バスガイドのつまらない生い立ちを聞いているせいか睡魔が襲ってくる。それにしても、毒蛇島はまだ着かないのか?いい加減、ガイドの話も飽きてきた…と言うより、何時間話してるんだ。
蘭呶は運転手の方を見ると、ガイドの話で少しウトウトしながらバスを運転する姿が見えた。
「オイッ!お前は"起"きろ」
蘭呶はボソッと運転手に告げると運転手はパッと目を開けてまた運転を開始する。
学校を出てから15時間が経っていた。
ガイドは大学に入り就職するまでの話をしている。もう誰も話を聞いてる者は居ないのに…。
蘭呶にも限界が来ていた。まさか、ここまでバスに乗るとは思わなかったからだ。
蘭呶は再度、運転手の方を見ると運転手はまた少し…いや半分寝ながら運転をしていた。
「お前は"起"きろ!寝るな!」
まったく!このガイドに運転させろよ…にしても、何でこんなに話せるんだコイツ…
蘭呶は席を乗り上げ後ろを振り向いた。
バスガイドはマイクを片手に持ち延々と話している。クラスの皆は、夢の中へ旅たっている様だ。
「バスガイドさーん」
蘭呶はガイドに声をかけると、ガイドは話を一旦止めて蘭呶の方へ振り返った。
「どうしたの?トイレかな?」
バスガイドはにっこりしながら答えた。
「あのー…ウルサイんで少し"黙"ってくれますか?」
しかし、バスガイドからは意外な言葉が返ってきた。
「嫌よ!私は話すのが好きなのだから」
「えっ?」
蘭呶は違和感を覚えた。
黙れ…と言われたと言うことは、口を塞がれて話す事が出来なくなると言うこと…。なのに、このバスガイド…普通に返事を返してきた。
「あなたは、ずっと私の話を聞いていなさい」
蘭呶の頭の中に、この人の話を聞かなきゃいけないと言う電気信号が流れた。
そればかりか、ガイドが今まで話していた生い立ちが頭の中で映像として浮かんでくる。
「どう?悲しい生い立ちが見えて来たでしょ?」
蘭呶は酷い頭痛を覚え頭を抱えた。もの凄い情報が頭の中へと流れ込んで来たからである。
「私ね、小さい頃から変な力を持ってたの…」
ガイドが話し始めた。
「自分の思考を相手の脳に直接送る能力…」
蘭呶は驚いた。蘭呶の力に似ているからだ…。
「私の辛かった過去を色んな人に聞いて…見て欲しかったからこの職業を選んだの」
どんどんと映像が頭に流れ込む。
「もう"辞"めろ!"辞"めてくれ!」
蘭呶は叫んだ。
少ししてから、蘭呶の頭痛がやんだ。蘭呶はガイドの方へ顔を上げた。
ガイドは少し悲しそうな表情をしていた。
「あなたも…あなたも私と同じ能力を持っているの?」
「いや…、俺は同じでは無い。けど、自分の思考を送るまでは同じ…かな」
「と言うと…?」
「ある条件があってね…。漢字1文字でその意味を伝えなきゃ発動しない仕組みなんだ。もちろん、耳を塞ぐ等で防がれたら力は発動しない」
蘭呶はニヤリと笑った。
「アンタの発動条件は何なんだ?やっぱり、言葉を発する事か?」
ガイドは首を横に振った。
「私の条件は、相手に送りたい事を60分以上聞いてもらう事。それが条件…」
つまり、蘭呶はウトウトしながら無意識にもガイドの話を15時間も聞いていた為に能力の対象になったのだ。
「みんな…聞く前に寝ちゃうから、なかなか発動しないのよね」
そりゃそうだ。あんなに、つまらない話を延々と聞いてたら誰でも寝ちゃうだろ…蘭呶は思っただけで、口に出さなかった。
「にしても…毒蛇島にはいつ着くんだろうな」
蘭呶は窓の外を見た。見渡すくらいの森と完全に寝ている運転手――
「だから寝るなっつーのお前は!"起"きろ!」
しかし、寝ている運転手に声は聞こえなかった。
「ヤバいぞ!かなりヤバい!事故が"起"こってしまう……ぞ?」
口を塞ぐが遅かった。蘭呶の頭の中には、事故を起こしたバスの映像を淡々と記憶していた。
「やっちゃったね…バスの事故を起こした容疑者の少年逮捕かぁ」
ガイドがのんびりとした口調で話す。
「そんな訳無いだろ!"飛"べ"飛"べ"飛"べぇぇぇ!」
バスが急に光に包まれた。蘭呶は我慢出来ずに、目を閉じた。何も音は聞こえず…何も感じない。
蘭呶は静かに目を開けた。そこは、バスの中では無かった。周りを見渡すが、誰も居ない。
「何なんだ…ここは?」
蘭呶は広い草原の真ん中に立っていた。