狂犬な忠犬くんの飼い主さん
ワンコ系男子って難しい
糖度は限りなく低めです。
物語には、ある種の刺激が必要だ。
例えば、勇者が魔王を倒す旅の中要所要所でのイベントだったり
恋愛ものの物語の中でライバルからイジメられることだったり
話を盛り上げる為に、少し危険な目に遭ったり。
人生は物語だ。
だからこそ、幸も不幸もあって当然であり、波瀾万丈な人生こそ面白いもの。
特に特筆することのない人生なんてものは無いに等しいのだ。
どんな人間も、どこかしら変わっているものなのだから。
だが、しかし。
「いい加減に…っ
東君を解放してあげて!!」
「……」
「もう、いいでしょ?東君が北川さんの面倒を見る必要なんてないじゃない!」
「……」
その刺激に仕立て上げられちゃあ堪らない。
物語のスパイスは、自然なものでなくてはいけないのだ。でなければ、それは物語の中で別の物語を演じているにすぎなくなり、面白いものではなく、滑稽なものになってしまう。
私は、涙を浮かべて懸命に訴える少女、姫路 可憐を見た。ふわふわとした栗色のセミロングに少しタレ目がちの大きな目。綺麗、というよりは可愛らしい外見の彼女は、所詮美少女という奴だ。
だが、謂れのない事をこんな大声で言うような人らしい。ちなみに、私は北川ではない。北里である。
クラスメイトのみならず、他のクラスの人や他学年にまで見られている。
私自身の知人であるならまだしも、何の接点もない人にまで見られているこの状況は少々よろしくない。
この出来事が噂として尾ひれ背びれをつけ全く持って馬鹿らしい作り話になる日は近いだろう。そう考えると憂鬱だ。
「………」
「ちょっと!!どこ行くの!?話は終わってない!」
無視して通り過ぎようとしたが無理だった。そりゃあそうか。もうすでに名指しされているし、他人のフリはできなさそうだ。いや、名前を間違っているからいけるか?…駄目だ、掴まれた腕が回避できる可能性を皆無にしている。
嗚呼、本当に面倒だ。
私は、自分の物語だけは楽しめない。簡単に言うと、他人事ではないからだ。物語の展開は自分次第になる。楽しむ余裕なんて生まれないのだ。
他人の物語こそ面白い。自分では成り得ぬ人生だ。それを見て心躍らせるのは当然の流れと言えよう。
『流れるままに』それが私の人生。ただ、生きて死ぬだけの物語。他人から見れば、面白い人生と言えるかもしれないが、私にとってはそうではない。
ただそれだけのこと。
「付き合ってもいないのに、北川さんの面倒を見なきゃいけないなんて、東君が可哀想よ!」
「………」
「ねぇ!さっきから聞いてるの?」
ここで少し説明をしよう。
東君、とは東 薫という名で、同クラスの不良だ。金髪碧眼にピアス、着崩した制服に鋭い目つき、よく怪我をしている男。誰とも接点を持たず、周囲を威嚇して過ごす一匹狼である。
そして、その一匹狼が唯一構う存在。それが私、北里 伊織だ。
東 薫は、よく見ると整った顔をしている。イケメンの部類に入るだろう。恐らく、姫路さんはその顔に惹かれた一人で、私達の関係を湾曲して認識している、と言うことだろう。
彼に唯一関わる私を悪者に仕立て上げ、その立ち位置に自分を立てようとでもするつもりらしい。
代われるものなら代わりたいが、そうすると奴が泣きつくからな。仕方がない。
「ねぇってば!」
「あのさ、一応聞くけれど。東が私を世話している、と思っていると?」
「そうよ!だから––––」
「で、世話をしている東が可哀想、と?」
「そうだって言ってるじゃない!だから東君から––––」
「ソレ、クラスの連中に同じこと言ってみるといいよ。面白い反応を返されると思うよ。あと、余計なお世話だ。姫路さん、東の何?恋人かなにか?
––––––会話すら成立した事ないのに?」
嗚呼、面倒だ。明日からは、一人歩きし出した噂と格闘しなければならない。噂に惑わされた奴らの相手も面倒だ。そして最大の面倒は…
「伊織」
「…」
「東君!!」
あー、来てしまった。
他クラス他学年に彼は、狂犬と呼ばれている。しかし、クラスメイト達からは、こう呼ばれているのだ。
「……置いて帰る気か、伊織」
「…そうだね、そのつもりだったよ」
「何で、俺を呼ばない、伊織。
こんな事に巻き込まれてるのに。
呼べば、すぐにでも駆けつけるのに」
–––––忠犬、と。
「東君!!北川さんの事なんて、もう面倒を見なくていいよ!!ねぇ、東君!」
姫路さんは、ふるふると震え涙を浮かべつつ東に訴えかける。庇護欲を掻き立てる愛らしいお姿ですね、はい。
当の東は、というと。
「伊織。呼べ」
「嫌だね、もう既にここにいるじゃないか。呼ぶ必要性を感じないよ」
「伊織」
「嫌だよ」
姫路さんなどには目もくれず、私に名を呼べと催促している。パッと見、私は東にカツアゲでもされているようだ。
「–––っ東君!!!」
不毛なやり取りをしていると、我慢ならなくなった姫路さんが東の腕を掴む。
あ、これはやばい。
「っ…きゃあ!!?」
「…触るんじゃねぇよ、気持ち悪い」
東が、勢いよく姫路さんの腕を振り払った。殴る、そう思うくらいの苛立ちが見て取れた。誰にだってわかるくらいに東は苛立っている。
東は、周囲の想像通りに腕を振り上げた。
「薫」
「…!」
ピタリと、東の動きが静止する。名を呼んだのは、私だ。仕方ない、暴力沙汰など後々のフォローが面倒なのだ。止める他ないだろう。周囲の目もあるしな。
「帰るんだろう?
ほら、行こう、薫。
…私とは、帰りたくないか?」
「帰る」
東は、何事もなかったように私の隣を歩く。あれほど苛立っていたのに、今ではもうご機嫌になっている。何だこいつ。
忠犬、とはよく考えたものだ。的を得ていると思う。私の言う事だけを聞き、私以外には牙を剥く。東 薫とはそういう男だ。
「…薫、離せ」
「…嫌だ……」
家に入った途端にこれだった。東に、後ろから痛いくらいに抱きしめられている。ちなみに、家と言っても東の家だ。私の家ではない。
……そろそろ、だな。
「…いおちゃん……いおちゃ…」
「…はぁ、はいはい。かおちゃん、落ち着こうな?大丈夫、ここには私しかいない」
「いおちゃんいおちゃん…!怖かったぁ…!!」
私をいおちゃんと呼び、ベソをかいているのは誰か。かおちゃんこと、東 薫である。正真正銘同一人物だ。
「何なんだよ……何でいおちゃんと俺を引き離そうとするの…!?俺にはいおちゃんがいないと駄目なのに…!!いおちゃんじゃなきゃ駄目なのに…!」
それは君がイケメンだからだよ、かおちゃんや。
それにどうやら、姫路さんは君にほの字なのですよ、かおちゃん。
「はいはい。かおちゃん、そろそろ中に入ろう」
「うん……」
そこに、狂犬の東 薫はどこにもいなかった。いるのは、泣き虫ワンコな東 薫だけ。学校の連中は想像すら出来ないであろう姿だ。
「かおちゃん。ほら、おいで」
「〜〜っ!!いおちゃんっ」
自分よりも頭一つ分ほどデカイ男を抱きしめ頭を撫でてやる。これが私達の日常だ。
言い忘れていたが、かおちゃんと私は、幼馴染の腐れ縁だ。生まれた時からずっと一緒にいる。一度、私は親の転勤で引越しをしたのだが、まさか引っ越した先、しかもお隣が変わらずにかおちゃん宅だとは思うまい。
かおちゃんが無言で泣き続けた結果、ちょうどいいからと言う理由でうちと引越しを同じにしたらしい。
ちなみに、両親は喜んだ。家族か?お前らは、と思うほどに仲が良かった為、かおちゃんが泣こうが泣くまいが、後々追ってくるつもりではあったらしい。なにゆえ。
幼い頃のかおちゃんを紹介しよう。
かおちゃんは、とても泣き虫だ。今も変わっちゃいないが。
泣き虫で、いつも私の後ろに隠れていた。極度の人見知りのコミュ障だった。いや、だったでは語弊がある。現在も継続中だ。
その頃のかおちゃんは、小さく可愛らしかった。かおちゃんの母である遥さんはハーフで、かおちゃんはクォーター。その為かおちゃんは、–––––金髪も碧眼も、完全な遺伝だ–––––お人形さんみたいだった。まるで美少女の様な美少年。色んな人の魔の手がかおちゃんを襲いまくった。
一番最初は近所に住んでたお姉さん。かおちゃんを誘拐しかけた。もちろん、私がかおちゃんを回収、そして通報。
あの時のお姉さんの怨みの籠った顔は怖かった。あんたのせいで!!とか言われたしね。どう考えてもお姉さんのせいでしょう。犯罪はいかんよ、犯罪は。
その後、出かけた先の大学生のお姉さんやら、マダムやら、挙げ句の果てに小学校の先生にまで誘拐やらをされかけたかおちゃんは、女性全般が怖くなった。私と母親の遥さん、私の母は除くが。
それだけならまだ良かったのだ。今思えば。
かおちゃんは可愛らしかった。そう、可愛らしかったのだ。…男の人までもがかおちゃんに手を出した。それにより、かおちゃんは男性全般まで怖くなった。うちの兄、父、弟とかおちゃんの父以外は、だが。
かおちゃんは、女も駄目、男も駄目な泣き虫っ子になったのだ。とてつもないトラウマである。
これはマズイ、そう思った時には遅かった。かおちゃんは、私がいなければ駄目な子になっていたのだ。物理的に。
私がいなければぶっ倒れる。その度に私が回収しに行く、その一連の流れがセットだった。
本を読むことが大好きだった私は、毎度毎度読書という至福な時間を潰され苛立ち、そして策を講じた。
じゃあもう、周りの奴らを近づけさせない様にすりゃよくね?…と。
そして、現在の一匹狼ヤンキー(風)かおちゃんの完成である。
最初はうまくいった。先生への根回しの結果かおちゃんの格好は黙認された。クラスメイト全員もどうにか騙されてくれ、かおちゃんに関わる人間はいなかった。が、今度はモノホンの不良様が、かおちゃんに喧嘩をふっかけるようになったのだ。面倒である。
その度に、私がその不良様を(精神的に)めっためたにするか、かおちゃんがひと睨みで撃退していた。もう一度言おう。面倒である。
だがしかし、耐えきれなくなったのだ。
誰が?当然、かおちゃんだ。
「……っ…いおちゃん!!!」
「うぉっ」
かおちゃんは、クラスメイト全員がいる教室で、私に抱きついたのである。…泣きながら。
「いおちゃんと話せないのはやだ…いおちゃん…俺置いてかないで…やだぁ……」
「………」
一匹狼が、一般生徒である私に構っているのはおかしかろうと距離を置いていた結果がこれだった。かおちゃんはどこまでも私がいなければ駄目な子だったのだ。
その後、(面倒だからやりたくなかった)クラスメイトへの説明をし、理解を得て学校ではクラス内でのみ、かおちゃん全開の東 薫になった。ちなみに、クラスには『忠犬ワンコと飼い主を見守る会』なるものがあるらしい。クラスメイト全員が入っているそうだ。解せぬ。
そうして、高校二年生まで平和が保たれていた。私にべったりなかおちゃんそのままで。
その平和が崩れたのは、転校生が我がクラスにやってきてからだった。そう、姫路 可憐である。
姫路さんは、顔が整っているかおちゃんに狙いを定めたのだ。一匹狼の不良様東 薫に。
持ち前のふわふわ天然な愛らしい言動を巧みに使い、かおちゃんの心を開こうとした。
だが、彼女は決定的なミスをしていたのだ。周囲の空気を読めない、読まない、というミスを。
彼女には、かおちゃんのことは説明しなかった。何故ならかおちゃんのことは、暗黙の了解で、誰も接触してはいけないという事になっていたのだから。
ごくごく一般的な女子生徒なら、クラスに流れる空気くらい察するだろう。そう考えていた我々が馬鹿だった。
彼女は、事あるごとにかおちゃんに話しかけたのだ。積極的に話題を振り、無視されてもめげずにかおちゃんにつきまとった。…つきまとったのだよ。
姫路さんとかおちゃんは、校内で不自然なほど接触した。その度彼女はこう言うのだ。「東君!奇遇だねぇ!!」と。
何が奇遇だ、男子トイレや男子更衣室の前でばったりとかあり得んだろう。
ここ最近の我々の口癖は、電波ストーカー怖え、である。
かおちゃんは限界だった。私も限界だった。クラスメイトもまた然り。
さて、どう排除しようか、と考えていた所で今日のアレだ。かおちゃんを解放してあげて云々。
そもそもだ、考えてみてくれ。
かおちゃんが、嫌々私の世話をしている???何だそれは。世話をしているのは昔も今も私だ。私が、かおちゃんを世話している。間違えないで頂きたい。
「いおちゃん…もうやだ……あの女怖い…」
「うん、私も怖い。
あれは怖い」
「いおちゃん…」
ピンポーン
そこで、インターホンが鳴った。何故だか物凄く嫌な予感がする。
とりあえず、かおちゃんを部屋へ避難させ覗き穴から外を伺う。頭を抱えたくなった。
「東くーん、忘れ物届けに来たのっ」
うっわぁ、電波ストーカー超怖え。
これは立派なストーカーである。かおちゃんの家は、学校の人には教えていないのだ。何故知っている。ついてきたのか、つけてきたのか。
私は無言で、携帯を手に取る。とある番号をプッシュし、繋がるのを待つ。その間にも、インターホンは鳴り続ける。かおちゃんが、恐怖で我慢できず私のそばへ来た。
呼び出し音が切れる。
『もしもし』
「もしもし?かおちゃん家前にストーカー出没。クラスメイトの電波が行き過ぎた模様、回収願う」
『了解』
そして電話は切れた。あとは待つのみ。
ドアノブがガチャガチャと言っている。超怖え。
ドンドンと扉を叩く音が鳴る。かおちゃんが、しがみつき泣きじゃくる。私も泣きたい。
扉を叩く音が止んだ。覗き穴を覗くと姿が見えない。しかし、嫌な予感は止まらない。まさかなぁ…と思いつつ庭に通じるリビングの窓を見る。いた。
こっわ。
何あれこっわ。
不法侵入っすよ?庭でも不法侵入ですよ?めっちゃ中見てる。
とりあえず、かおちゃんを隠す。怖い。何あれ怖い。
……あ、ヤバイ。目が合った。
「ひぃ…」
あの近所のお姉さんの如く、般若の顔である。怖い。
これ、呪われるんじゃないか?と思うほどの筆舌に尽くし難い表情である。一応私もあのお姉さんのはトラウマなのだが。少々体がビクついてしまうのは仕方ないよな。
「いおちゃん」
後ろから抱きしめられる。その手は震えていない。おお、成長したね、かおちゃん!
……ん?
「かおちゃん?」
「…いおちゃんは、俺が守る、から」
いや、何言ってんの。現在進行形で守ってるのは私だよ、かおちゃんや。
ピンポーン
「!!」
再びインターホンが鳴る。恐る恐る覗き穴を覗く。ホッと一息ついて扉を開ける。そこにいたのは、先ほどの電話の相手––––私の兄、北里 悠だ。
なんか、その後ろから「離してよ!!」だの「東君!!」やら聞こえる気がするが気のせいだろう。そういうことにしておこう。
「…ストーカーは?」
「警察に引き渡した。学校にも親にも連絡済みだ。無事か?薫、伊織」
「何とか。超怖かった」
「おう。アレは怖いわ
よく頑張ったな、お前ら」
そう言って私たちの頭を撫でる悠兄。超イケメン。思い切り私とかおちゃんが抱きつく。二人とも全力で抱きついているのに全然グラつかない、流石悠兄。
「「悠兄ぃぃい!!」」
「おー、はいはい」
あー、怖かった。超怖かった。女の人怖えわ。私まで女の人怖くなりそう。トラウマもんだよ、本当。
顔がいいっていうのも大変だなぁ、かおちゃん。うーん…
…結婚できるのか?かおちゃん。
「あ、薫。ちょっと来い」
「?うん」
悠兄に何かを言われたかおちゃんは、何やら神妙な顔をして頷いていた。わからん。
あの後、姫路さんは転校した。来たばかりだったが、結構な問題を起こした為、親が無理矢理させたらしい。常識人な両親で本当に良かったと思う。かおちゃんと私に謝罪をしに来てくれたし。
それ以外にも、変化はあった。なんと!かおちゃんが!!私以外にも声をかけるようになったのだ。
劇的な変化である。凄まじい変化である。驚きで動揺を隠せない。
「あ、東に北里。おはよう」
「お、おはよう」
「おはよう」
「東君、北里さんおはよう!」
「おはようー」
「おは、よう」
嗚呼、我が子が巣立つとはこういうのとか、と感心した。それを友人に言うと呆れられた。何故だ。
かおちゃんにも、男の友人が出来たようで会話をしている所をよく見かける様になった。おぉ、あのかおちゃんが…!と見かける度になる。感動ものだ。
そして友人に再び呆れられた。なんでだ。
「いおちゃん!!」
「んー?どうしたんだ、かおちゃん」
「…一緒に帰ろ?」
「あぁ、いいよ。帰ろうか」
どことなく暖かい目で見られている気がする。なんだ?
サッと教室を見回すも違和感は見つけられない。
「あ、夫婦もう帰るのか?気をつけて帰れよー」
「高木!夫婦なら大丈夫だって!東君は北里さんが守るし、北里さんだって東君が守るんだから!」
「え、え?」
何故かクラスメイトが皆頷いているんだが。何が起きた。
「いおちゃん、俺とずっと一緒にいてね?」
帰り道、突然かおちゃんがそう言った。私はいつもの様に、こう答えた。
「うん?あぁ、いいよ」
「ふふ、やったぁ」
私の言葉で一喜一憂して、私の後をひょこひょことついてくる可愛いかおちゃん。私の忠犬くん。
そんな可愛いかおちゃんが、かおちゃんじゃなくなって、外堀を埋められ囲われるとは、この時の私は思いもしなかったのだった。
……いや、フラグは乱立してたな?
気が向いたら続編を書くかもしれません
読んでくださりありがとうございました!