喪失と会得のための布石
俺はまさしくこれを待っていた。
そう、このヒッププロテクターを。
ヒッププロテクターは通常スノーボードでの転倒時に衝撃を和らげるものだ。
無論、和らげるのは転倒時の衝撃だけではない。あのゴム弾だって大丈夫なはず…だ。
そのために俺は、通常の3000円程度のプロテクターではなく、12000円もするプロテクターを買ったのだ。おかげで2ヶ月分の小遣いが全部パーになった。
これで効かなかったら、訴えてやるからな。…絶対取り合ってもらえないだろうが。
次の日、いつも通りの朝を迎えた。唯一違うところがあるとすれば、このプロテクターだろう。ガッチリとお尻を守るプロテクターは、何がきても大丈夫な気にさせてくれる。実際そうでなければ困るのだが…。
「今日こそ目にもの見せてやる。…反撃開始だ。」そう言ってドアをゆっくり開けた。
いつもと同じように全力疾走をする。すると、
ダムッ‼!
鈍い音がした。が、痛みはない。
ダムッ‼ダムッ‼ダムッ‼ダムッ‼
いくら撃っても痛みはない。余裕ができたからか、俺はいつしか走るのをやめていた。
あの角を曲がればあのビルからは死角になる。ケツは、プロテクターが守ってくれる。もう負ける要素がない。
「勝ったな。」完全に勝利を確信しきった俺は、思わず声が漏れた。—ダンッ‼—
「え?あ、あ、あぁぁぁっぁああああああああああああああああああ‼‼」―その声は、一瞬のうちに悲鳴に変わった。
体の前方に感じる鈍痛。来るはずのない方向からの攻撃。何が起こったのかわからなかったが。すぐに理解した。
俺は撃たれたのだ。前方から。ゴムの弾で、俺の玉を…。
そんなことはできるはずがない。ありえない。そう思いながらうずくまり倒れる俺に、ゆっくりと近づく足音。
俺はゆっくりと見上げる。
俺が見たもの。それは、忘れもしない。黒いコートに黒いボーラーハット。そして、伸ばした手に握られていた―
「もう一人いたのか…」
ジジジジッ‼
―スタンガン。
そこで意識が途切れた。
次に目が覚めたのは、家のベッドだった。
母さん曰く、道に倒れていたところを通りがかった近所の人が発見し、連れてきてくれたらしい。
俺は「大丈夫?」と尋ねる母さんに、「大丈夫。なんともないよ。」伝えると、ベッドから起き上がった。
…違和感があった。体が少ししびれていることなど些細な違和感だ。もっと、こう…。
その違和感の正体は、すぐにはっきりした。そう、プロテクターがなくなっている。あと、履いていたボクサーパンツも。
無くなったプロテクターは、その日の夜に見つかった。
家のポストで…だ。パンツは見つからなかった。
見つかったプロテクターは、ケツの部分だけが綺麗に切り取られていた。
「ズルをするなってことか…。」そういうことなら、あいつらが普段狙わないはずの玉を狙ってきたことも頷ける。
とはいえ、何も対策をせずに家を出るのはいささか無理がある。だが、対策を立てる金もない。ならば…
「あいつに頼るしかねえか…。あいつに頼るのは少し、癪に障るが…な。」
そういうと、俺は電話をかけ始めた。




