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九十九と一の守り姫  作者: 夏八木こより
9/13

第九話

「……。鈴梨や」

「うん?」

「後ろの人達は、新しいお友達かね?」


その夜、信之助はポカンとしてしまった。

衣の委員会があるので遅くなる、と連絡があったので、いつもより帰宅が遅いことは心配していなかった。が、「ただいま」「おかえり」をいつもどおり交わして孫に目をやれば、いろんなものが付随している。

背後の忍者と稚児。なんとも時代錯誤な二人。なんとも浮いている。稚児は実際に浮いている。

孫は、大道芸人か手品師か何かと懇意になったのだろうか?


「ううん。わたしと衣を助けてくれたヒト達だよ」

「……危ない目に遭ったのかい?」

「ちょっと。でも何ともないよ」


取り乱すことはしないまでも、信之助は眉間に皺を寄せた。鈴梨の首にある指の痣。何ともないはずがない証だ。


「首を絞められた痕があるな」

「……うん」

「腕もやられたな」

「……」

「どこのどいつだね? 何をされた?」

「同級生。ちょっと、おかしくなってたんだ。正気に戻った時、謝られた」

「おまえはそれで許したのか」

「うん」


しばらく無言の応酬が続いた。衣はハラハラと見守る。


「おまえが許したのなら、わしも許すほかないな」


そう言うと、信之助は好好爺の顔に戻った。鈴梨はホッとしたようだったが、衣は信之助の怒りを痛いほど感じ取っていた。

内心は学校や同級生――鳥山の家に怒鳴り込みたい気分だろう。しかし鈴梨はそれを望んでいない。結果、孫娘の意思を優先させた信之助は、激昂を抑え笑い流すことを選んだ。たいした胆力だと衣は思う。


「わたし、着替えてくる」

「ああ。晩御飯を用意しておくよ。おっと、お客人にはお茶も出さずにすみませんな」

「いやいや、お構い無く」

「そんなわけには……はて?」


信之助はコウトクを見た。


「聞き覚えのある声だ。たしか、数日前に店で……」


そう、鈴梨達の始業式があった朝のことだ。信之助が誰もいない店の中で独り言をこぼしていた時に、突然応えたあの声。この小さな子どもの声が、それにそっくりだ。


「はい、あれは儂でござりました。大殿様があまりに沈んでおられたので、ついお声を掛けさせてもろうたのです」


無邪気な眠り猫のような顔でコウトクは笑った。ただし口を大きく開いたので、鋭い牙が丸見えだったが。


「そうだったのかい。その節は――え、大殿? わしのこと?」

「このヒト達、すーちゃんのことは姫って呼ぶんだよ」

「ふおー。そんなこそばゆい呼ばれ方は初めてだなぁ。では衣くんはさしずめ、若君かね?」

「いや、この坊は坊と呼びまする」

「なんでだよ!」

「おぬしは儂らの主ではないからじゃ」

「うぅん、話がよく見えんなぁ。とりあえず、居間に上がっておくれ」


こんな得体の知れないやつらをよく家に入れられるよなぁ。

その気持ちが顔に出ていたのか、衣はコウトクに背中をぺちんと叩かれてしまった。






「まずはじめに、我らは人ではありませぬ」


居間の食卓にて。

浮くのをやめてきちんと座るコウトクが、そう言った。隣のサカキは黙ったままだった。


「うん」


温かいクリームシチューを頬張りながら、鈴梨が応えた。


「儂はコウトク。鋼に得と書きまする。この者はサカキ。字は……なんじゃったかの?」

「忘れました」

「だそうでござりまする。でもって我らの正体は、ツクモなのでござりまする」

「それは、付喪神のことかね? 古い道具に魂が生まれて妖怪の類いになるという……」

「左様。ちなみに儂は、縫い針の付喪でしてな」

「あーだからいっぱい針投げたんだ」


衣は鴉の身に刺さった針の山を思い出した。そしてふと、疑問が湧いた。


「あのさ、コウトクさん。ぼくらを襲った鴉って、本当に鴉だったの?」

「そうさな。見た目はの」

「てことは、あいつはやっぱり鴉じゃなかったんだね」

「そうさな。中身はの」

「何の話だ?」


何やら禅問答のような会話に、鈴梨が首を傾げた。


「ふつうイキモノが破裂したら、大体グロテスクなもんでしょ。でも……あ、食事中にごめん」

「ううん、平気」

「わしも平気」

「さすが。……話を戻すよ。あいつがはじけた時に飛び散ったのは、血やら何やらじゃなかった。木の破片だったんだ」

「え? あれ、木彫りの鴉だったか?」


鈴梨は再び首を傾げた。あの鴉は、羽の質感といい、あやしく光る目玉といい、どこをどうとっても実物に見えた。よほど精巧に作られていたのだろうか。


「近いのですが違います」


サカキはたまにボソリと喋る。


「あれは私と同じ、木の付喪だったのです」

「同じ? サカキさんは木なのか?」

「サカキとお呼びください。……正しくは、木製品の付喪です」

「姫様。サカキや儂は、この通り人間らしい姿をしておりますが、これは人間の形を真似とるだけなのです。あの鴉もそれと同じで、本物のカラスに化けておったのですよ」

「ああ……」


近いが違うという意味がわかった。付喪は、擬態ができるのだ。コウトクが針の化身というからには、今はヒトのようでも、実体は針そのものなのだろう。

ならば、あの鴉は何だったのか。


「あいつの正体は、ブローチだったんじゃない?」


鈴梨の心を読んだかのように衣が言った。


「ブローチ?」

「ほら、鳥山がスカーフに付けてたでしょ」


そういえば、と鈴梨は頷いた。

セーラー服にはもともとスカーフ留めが付随しているが、それの代わりに自在に結んでみたり、ブローチを付けたりするのが女子生徒の間で流行っている。

鳥山も例に漏れず、ちょっと変わったデザインのブローチをしていたような気がする。


「木細工のブローチなんて、ああいう

イケイケJKが付けるには古風すぎるなぁって、印象に残ってたんだよね」

「おぬしはなかなか頭が良いのう。ちと驚いたわ。そのとおり、あの鴉はぶろおちとかいう留め具の付喪であった」

「そうか、言われてみれば、たしかに。鳥山さんの胸元からあの鴉は現れたんだ」

「だからおかしくなって鈴梨を襲ったということかね?」


誰も何も言わなかった。ただ、誰もが頷いた。

襲われる以前から、鈴梨はずっと嫌がらせを受けてきたわけだが、当の本人が祖父には知らせなくていいと思っているのだ。それを察しないわけがなく、だったら余計な心労はかけたくないと、皆がそう判断したのだった。


「コウトク君、サカキ君」


信之助は彼らに向き直り、手をついて頭を下げた。

ぴゃっ、とコウトクが変な声をあげた。


「お礼を言うのが遅れてしまってすまない。鈴梨を、孫を救ってくれて本当にありがとう。感謝してもしきれんよ」

「おおおおやめくだされっ大殿! 儂らが姫様をお助けするのは当たり前なのじゃ、頭をお上げくだされっ」

「そうです、私達はむしろお叱りを受けねばなりません。コウトク殿が居眠りなどしていなければ、姫のお身体に厭わしい傷がつく事態も避け得たのですから」

「居眠り?」


ぴゃぴゃっ、とコウトクがまた鳴いた。

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