第五話
しかし鳥山は、なぜ鈴梨をそこまで目の敵にするのか。その様子は、目に余るものがあった。
通り様にぶつかったり、舌打ちしたりする。席順が鈴梨の後ろということもあり、消しゴムの屑を背中に飛ばしたり椅子を蹴ったりもする。
今の状況を鈴梨はすべて気づいているようだが、どこ吹く風のような態度を崩さない。本当に気にならないのだろうか。やっていることは些細なことでも、悪意には違いないのに。見ている衣の方がもどかしいし、腹立たしい。
「おい、鳥山さん」
始業式から三日後の放課後、衣は人通りの途絶えた廊下で彼女を呼び止めた。
「あんた、何なんだよ。なんであんなことすんの」
「は? なにがよ? てか、誰?」
「同じクラスの藤原だよ。あんたさ、土佐に執拗に嫌がらせしてるよね。一年の時からあんなことしてるのか?」
詰問すると、鳥山は片頬を歪ませた。
「だったら何なのよ。あんたに関係なくね? ひょっとして土佐が好きとか? マジウケるんだけど」
「なんでウケんの? 土佐がおまえに何かした? 何にせよおまえがやってること、陰険なイジメだよ。最低だよ」
「ああっ!?」
ざわり、と空気が動いた。
鳥山の威嚇の声は異様に低かった。
「おい。メガネ」
自分のスカーフを引き締めながら、鳥山がゆっくりと近づいてくる。
留め具のブローチをぎりぎりと握っている。
「藤原だっつってんだろ」
「藤原。おまえ鬱陶しいな」
衣より少し低いくらいの背丈ということもあって、下から覗きこむように凄んでくる。
そして。
「……もろともに殺されたいのか?」
彼女と目が合った瞬間、衣の背中に言いようもない悪寒が走った。
「あ、いたいた。鳥山ー」
その時、場の空気にそぐわない声が廊下に響いた。鳥山がパチンとひとつ瞬きをする。
声の主らしい少女がバタバタと鳥山の傍へ走り寄ってきた。
「ごめんね、お待たせ。掃除終わったよー」
「ん? ああ、はいはい。そんなに待ってないよ」
鳥山は普通に、嘘のように普通に少女と喋り始めた。その態度の急変に、衣はポカンと口を開けて鳥山を凝視してしまう。
少女が衣に気づき、キョロキョロと目を動かした。
「あれ? お取り込み中だった?」
「全然。てか、あんた誰? 何か用?」
訝しげに衣を睨む鳥山。藤原、と呼んだ直後の唇で、誰だ? と訊く鳥山。
先程のことは忘れてしまったかのように――今初めて言葉を交わすかのように。
「衣」
ただ呆然と立ち竦む肩を、後ろから優しく叩く手があった。
「どうかしたか」
鈴梨だった。
途端、鳥山の顔が強張る。
「……土佐の知り合いかよ。ウザっ。絡んでくんじゃないよ」
そう吐き捨てて踵を返す鳥山を、隣の少女が慌てて追う。
「ちょっと、鳥山ったら。待ってよ」
足早に去っていく二人を見やりながら、衣は知らず知らず握っていた拳に気づき、ゆっくりとそれを開いた。
「鳥山さんと話していたのか。わたしのことだな。すまない、衣。気を遣わせてしまったんだな」
沈んだ様子で鈴梨が言う。
衣はそんな幼馴染みに向き直り、
「すーちゃん。あいつはやばい。まともに喋っちゃダメだ」
早口でまくし立てた。
逆に鈴梨の方がきょとんとする。
「別にやばい人じゃないぞ? あんな風にフツウに接する友達もいる。それに、彼女にもいいところがあって」
「呑気なこと言ってないで! いい、鳥山には近寄らないように。必ずだよ!」
そのあまりの剣幕に、鈴梨は発言を切った。
衣は一見優男だが、芯は強くてしっかりしている。誰ともあまりうまく関われない自分を、いつも支え続けてくれている。その言葉に真摯な色があるなら、逆らう理由はない。
ただ珍しいのは、誰かを陰で悪く言うことを嫌う彼が、鳥山を中傷したこと。
「衣……」
再び肩に手を伸ばそうとして、鈴梨はそれを止めた。
衣のうなじに汗が浮いている。二人の間に、一体何があったのか。
「あいつ……多重人格かもしれない」
「へ?」
「一回、変な口調になったんだ。目付きもおかしかった。目の玉がぐぅっと小さくなって、焦点が合ってなくて」
「……」
「このままだと、すーちゃんが危害を加えられるかもしれない。怖いよ。殺されたいのか、なんて言われたんだよ……?」
鳥山が? 殺意をほのめかすようなことを言った?
鈴梨は首を傾げた。貶されたり睨まれたりは幾度もあるが、いまだかつてそんな姿に出くわしたことはない。けれど衣が嘘をついているとも思えない。
「わかった。気をつけるようにするよ」
鈴梨が頷くと、衣はほっとしたように額の汗をぬぐった。
――そのやり取りを、じっととらえる透明な視線があった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
物語の進度がゆるやかゆったりですが、次話から展開マッハで動いていくと思います…たぶんです…