第四話
ゲッと言われた。面と向かって。
いや、自分ではなく、幼馴染みが。
「最悪、また土佐と同じクラスかよ」
言われた本人は、目をパチクリとさせて言った相手を見ている。
「ああ、鳥山さん。そうだな、今年もよろしく」
投げつけられた悪意も意に介さず、頭を下げて挨拶をする鈴梨。決して嫌味でも相手をいなしているわけでもないのだが、目の前の女子生徒は虫酸が走ったように歯ぎしりしている。
「アンタのそういうところがマジむかつくっ」
そう吐き捨て、鳥山という女子生徒は去っていった。
クラス発表を貼り出したボード前では、今のやり取りを見ていた野次馬達がひそひそと囁き合っている。
「ケンカ?」「おんなコエー」などという静かな喧騒の中に、「あの子めっちゃかわいくね?」という声が混じっていて、衣は嘆息した。
あの子、というのはまぎれもなく鈴梨のことだ。
「おまえ知らねーのかよ。土佐だよアレ、土佐鈴梨」
「土佐? あ~。あの……残念な?」
「そうそう。あの“ブシモドキ”の土佐」
もはや囁きではない。三メートルは離れている自分にも聞こえる。隣の彼女はボードに集中しているせいか、耳にも入っていないようなので、不幸中の幸いか。
鈴梨は誰もが認めるであろう、美少女だ。
さらさらとまっすぐな黒髪、凛々しく跳ね上がった柳眉。大きな榛色の瞳に長い睫毛、小ぶりな鼻梁、桃色の唇。白くなめらかな肌、小柄だがほっそりとした肢体。幼馴染みの身内びいきではなく、衣は鈴梨以上に美しい人間に出会ったことはない。
……ただ、誰もが認める残念さ。それは。
「衣、今年は同じクラスだな。いろいろ迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
この性格、この口調。
本人は至って真面目なのだが、硬派で雄々しい言動と整いすぎている表情に、人々は近寄りがたさを覚えるらしい。小・中・高と、どこへ行っても不思議ちゃん扱いされ、友達らしい友達に恵まれたことがない。
果ては、“武士もどき”などと喜ばしくないあだ名までつけられる始末だ。
「どうした? 目付きが虚ろだぞ。眠いのか?」
「ううん、何でもない。こちらこそよろしく。ところですーちゃん、さっきの女子、なに?」
「鳥山さんだ。去年も同じクラスだった。わたしのことが嫌いらしい。何故かはわからない」
そういうところ、って言われてたじゃないか。相変わらず自分に向けられる感情には鈍すぎるわ。
衣は内心だけで返答して、再び溜め息をついた。
「ついてないね」
「そうだな。気の毒だから、あまり近づかないようにする」
「ついてないってのは、すーちゃんに対しての発言ですよ」
「わたしはついてる方だぞ。衣と同じクラスになれたし。鳥山さんもな、当たりは厳しいが大した嫌がらせなどはしてこないんだ。だから、特に気にせずに済んでいる」
「……無関心だよねぇ。自分のことでしょうに」
「そういうわけでは。本当に、気にしてないんだ」
あ。少し拗ねた。長い付き合いなので、ほんのわずかな声色の変化に気づくことができる。
それでも鈴梨は、鈴梨の心の動きは、なかなかわかりづらい。小さな頃から兄妹のように仲良く育った自分さえそうなのだ。遠巻きにしている連中からすれば、どこへどう動くかわからない人形みたいなものだろうなと思う。
「すーちゃん、鳥山さんに近づかないようにするって言ってたけど。早速無理だよね、出席番号が前後じゃん」
「おぉう……」
南無、と鈴梨は呟いた。すっかり失念していたらしい。
衣は三度目の溜め息と共に、何かあれば彼女を守れるように自分がしっかり見張っていようと決意を固めた。