異世界からの帰還(習作短編)
足下の影がコントラストを弱める。
たった一つの光源である、上空に寒々しく白く輝いていた、爪の様に鋭い曲線を描いた三日月に雲がかかった。
上段に構えたクレイモアに向けて、俺は息を吐く様に詠唱を始める。
『汝、闇の中に蠢く無数の邪気よ』
視界の端に闇が迫り上る。微かな腐臭が鼻につく。
何かが空気を裂く音が聞こえる。
俺はその音を寸でで交わす。頬に、一筋の冷気が当たる。
月の、微かな明かりを反射した、冷たい刃が俺の頬をかすめて、つむじ風の様な音を立てる。
反射的に俺はその刃の元、地面から迫り上った影にクレイモアを突き出す。
微かな抵抗感。影は散り、光の刃は地面に転げ落ちる。
金属音が響く。持ち主が滅びて地面に刃が落ちた音だ。
何かの、笑い声が頭上に轟く。
「その程度か。たかが知れているな」
俺を詰る声がする。
『我が刃に集まり、我が刃に魔の命を捧げよ』
俺は詠唱の続きを囁く。クレイモアは紫色の光を放ち始める。
三日月は灰色の雲に覆われてゆく。木々を揺らしていた風は矢庭に突風へと変わる。
地面から大勢の闇が頭を持ち上げると、その闇はそれぞれ人の形になってゆく。
人の形をした闇は、その一つひとつが白く冷たい刃を構える。
薄い刃は切れ味が鋭い。ひと擦りもすれば致命傷になりかねない。
左から、右から、正面から、禍々しい疾風を従えた光の刃を俺は次々と交わす。
『邪悪な、そして陰鬱な光に拠って我が敵を散霧させよ』
クレイモアは脈を打つかの様に紫色の光を点滅させる。強く。弱く。激しく。静かに。
正面から一筋の刃が襲いかかる。俺は紫に輝く剣でそれを受け止める。
『魔は、魔により消滅せよ。亡者崩壊!』
クレイモアは閃光を放つ。紫色の、おどろおどろしい光が周囲を突き刺す。俺を斬りつけていた亡者は、もとは眼球があった窪みを大きく見開き、驚いた様な表情を見せる。
そして、そのすぐ後に、亡者は腐敗臭を残したまま、霧の様に、砂像のように崩れて行く。
刃の、地面に落ちる幾つもの音が周囲から響く。
その後、俺はクレイモアを地面に突き刺す。紫色の光が一筋、狂った犬の様に一直線に走り出す。
遠くで、何かが破裂する音が聞こえた。それと、うめき声の様な音。
空を覆う雲は左右に散り去ってゆく。そして、空から冷たく光る三日月が地上を照らし始める。
月の指し示す方向に、白い固まりが横たわっている。
法衣に包まれた聖女。俺をもとの世界に戻してくれる神の使いだ。
俺は聖女を抱き起こし、その真珠の様な唇に自分の唇を重ねる。
目を覚ます聖女。
「約束は果たした。元の世界に返してもらおうか」
「いいよ、約束だから。私は少し寂しくなるけどね」
眠そうに目をこすりながら、聖女は微笑んだ。




