表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おしかけにょーぼは精霊さん  作者: ヤヅカつよし
8/35

第六印~それは水底に深く沈んだ箱の如く その1(N)

11/29 実質、第五印やり直しではありますが色々と変更と書き足しがありますので、新しいお話として挿入いたしました。

よろしくお願いします。


アルンとウェローネの二人に穏やかな空気が流れている間に、ひとまず落ち着きを取り戻したヘリアラが各人のカップに新しい湯気の立つ紅茶を注いで回る。

次いでマリオネッドが気を取り直すように一つ咳払いをして、ウェローネに真剣なまなざしを向ける。


「ちなみになのだが。その契約とやらを解除してしまうと、こやつはどうなる?」


ウェローネは紅茶を淹れてくれたヘリアラに礼を述べつつ、彼女もまたマリアネッドの方に向き直る。


「そんな事は絶対にありえないですが、万が一…本当に万が一そうなってしまった場合は…っ」


ウェローネの多くを答えず首を横に振る姿に、先程の大騒ぎな状態とは打って変わってその場が一気に静まり返った。


「…そっか。そうだよなぁ…」


精彩無く呟いたアルンのその返事は重い。

初夏の風に白いレース生地のカーテンだけが軽やかに揺れていた。


「でも…でも、ウェローネはっ!」


そんな中、あえて大きな声をあげたウェローネに視線が集まる。


「ウェローネは本当にアルン様を愛していますっ。一目見て、触れられたあの日から心も身体も捧げるつもりでっ、こうして人の世界に来ましたっ!」


一応は命の恩人補整に加え、面と向かって言われてアルンは頬を赤らめつつ鼻の頭を掻いた。


「一目惚れなぁ…」


「何か言いたげな顔ですねっ」


珍しく微笑みを崩したウェローネに、マリアネッドはそのツリ目がちな目を向ける。


「水の精霊の恋愛については有名な逸話があるだろう。吟遊詩人の連中の歌にもなっとる」


「逸話っすか?」


「アルンさんは聞いたことないですか?『水の精霊マイヤと辺境の剣士セーリック』の唄の事ですよ」


「ああー…下宿の食堂に吟遊詩人が来ることあるし、それで聞いた事はあるかもしれないな。確か剣士セーリックの所に人間の娘になった精霊マイヤが現れてあーじゃこーじゃどったんばったん大騒ぎだったっけ」


「旦那様もご存じでしたかっ!最高で素敵な恋の物語、ですよっ」


ウェローネは手の平をポンと叩いて、まるで我が事の様に嬉しそうに頬を赤らめて笑顔を浮かべる。

そんな様子のウェローネをマリアネッドは机に肘をついたまま冷めた目を向けている


「恐ろしい女の執念の逸話の間違いじゃないのか?」


「んなっ?!何てことを言うのですかっ!!」


「剣士セーリック本人に直接会った事のある私が言うのだから間違いないさ。あれだけの腕の立つ男が引退するまで浮いた話が一つもなかった方が不思議なものだろう?実際、好意を寄せていた女性も居たわけではないというのに」


「…何を言いたいのですかっ?」


「私とヘリアラで調査した結果、その女性達はほぼ毎晩ある夢でうなされていた事がわかったのだ。『歌声が聞こえる。水底から歌声が聞こえる夢が』とな。これと水の精霊マイヤが最終的に独り勝ちしてる状況を見て、おかしいと思わない方が無理があるだろう」


「真相はウェローネにはわかりかねますっ!知りませんっ!!」


じっと見据えるマリアネッドの視線を避けるように、ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向くウェローネ。


「剣士セーリックと会った事あるのかよ…地味にすげぇ。あの歌の内容って、百年に満たないぐらい前の歌だし。そして、何気に話してる内容が怖すぎるんだが」


「私とマリアネッド様は長命種ですからね。ちなみにその事件は、剣士セーリックが水の精霊マイヤを最終的に受け入れた時点で女性達はその夢を見なくなったそうです。マイヤの正体を知らない周囲の人間達にとって、ちょっとした怪事件の扱いでしたよ」


アルンの疑問にヘリアラが苦笑しながら答えた。


「そりゃそうだろ。てか、ウェローネお前まさか…」


「ち、違います旦那様ぁ!ウェローネは一切そんな強引な真似はしませんっ!」


ウェローネはアルンの胸の中に飛び込むと目に涙を浮かべて見上げた。

庇護欲を誘うその表情にアルンは思わずウェローネの頭を優しく撫でてあげた。


「アルンも知らん内に契約しておいて、どの口が言うのやら」


そんな二人をやはり冷ややかな目で見つめるマリアネッド。

内心どう思っているかはわからないが、少なくとも片眉を上げて苛立たし気であることには変わりない。


「精霊王様から生を受けてから、あの初めての気持ちっ!忘れる事なんてできませんっ!その為にも長い時間をかけて試練を受けて、こうして旦那様の前に再び姿を現すことを許されたのですよっ!」


「はぁ…。色々言いたいこともあるが、君とアルンが出会った時期は大体予測がついた。しかし、彼が君と出会った記憶がない。契約の証を確認しようにも彼の体内だと言う。決定的な証拠というものが不足しているのは変わりだが?」


その言葉にはヘリアラも小さく頷く。

アルンはアルンで、考え込むように顎に指をあてたまま俯いて考え込んでいた。


「すまない。本当に命の恩人だったら失礼にあたるのはわかっているんだけれども、俺の中で君に出会った記憶がまったくないんだよな」


正直にアルンは言って頭を下げた。


「えっと…大丈夫ですっ!」


一瞬だけウェローネが浮かべた寂しそうな表情にアルンは苦い気持ちになったが、これも大事な事だと気を取り直す。


「適当に話を合わせて後でボロがでても、お互いきついだろうからなぁ」


「お気使い感謝致します、旦那様っ」


ウェローネは目尻に浮かんでいた瞳を拭って嬉しそうに微笑むと改まってソファーに行儀よく座り直す。


「初めて旦那様がウェローネとお会いしたのはここより北方の湖畔にある村ですっ」


「そこって…」


「アルンの故郷のムリエに間違いないだろうな。そこ以外で出会える可能性がないだろうし」


故郷にいる育ての家族達の事を思い浮かべて、何となくバツが悪くなる。

時々向こうから送ってくる手紙を読んではいるが、アルンからはマリアネッドがアルンの体について状態を報告する手紙に一文付け加える程度の事しかしていなかった。

そんな故郷を思い浮かべて後頭部を軽く掻いて嘆息すると気を取り直すかのようにウェローネの方を見やる。


「と、なると十年くらい前の話になるか…俺と君の間でどういう出会いがあったんだ?」


「はいっ。あれは今より十年と一ヶ月ほど前にあたりますっ。ホリフォロの花の甘い香りが高原の風に乗って運ばれてくる季節でしたっ」


ウェローネは懐かしそうに目を細め、天井を仰いだ。

ホリフォロの花…それはアルンの故郷の近くで群生している薬や香辛料になる白い小さなユリのような花だ。

アルンも自分の家にいながら時期が来ると花の香りが漂ってくるのを覚えていた。

幼いターシャが自室の窓からお見舞いにその花を持ってきてくれたことをうっすらと思い出した。


「随分と詳しい事だな」


「当然ですっ。愛しい人と初めて出会った記念すべき日ですものっ」


にこりと隣のアルンに手を小さな重ねつつ微笑みかけるウェローネ。


「その肝心な『愛しい人』はど忘れしているわけだが」


「う、うるさいなっ!?」


マリアネッドに茶化されつつ、十年前の事を思い出そうと記憶を探る。

マリアネッドに出会う事もなく、ベッドで寝ているか、体調の良い時に外を散歩していたぐらいしか記憶にない。

父親とターシャの父親が顔見知りだったので、何かの用事で来た際にターシャと知り合いになった事も覚えている。

しかし、どこを探ってもウェローネ…いや、精霊絡みで何かあったような記憶に結びつかないし、辿り着きもしない。


「十年前のあんな田舎にウェローネみたいな精霊に会うようなことってあったっけなぁ…」


「…はいっ!」


腕を組んで天井を見上げて唸るアルンにウェローネは大きく首を縦に振って、必死にアピールをする。


「十年前…私とヘリアラがムリエに訪れたのは、遺跡の保全状態の確認についでに雪崩というか雪解け水の影響の調査だったか」


「そうですね。あの年は寒さが続いてカム山の雪が溶けていなかったようですが、春先から急に暖かい日が続きましたので」


「その影響で大量の雪解け水が村に流れ込みそうって話になったんだよな。あの時は大騒ぎになってたのを、ベッドから見ていたよ」


雪解け水の洪水対策で村の中の緊張が高まっているところへ、マリアネッドとヘリアラの二人が村へ現れたのだ。

多少モノを学んだ今だからこそ余計にわかるのだが、ヘリアラが土の精霊を使って地形を変化させ、雪解け水の進路を変えて湖に流しんだ手腕は見事の一言に尽きる。


「そして、そのすぐ後だな」


アルンは少しだけ暗い気持になる。

彼にとっては、その洪水事件はそこで終わりではなかった。


「君が村を飛び出した件だ」


「そう、だな…」


マリアネッドとヘリアラが来る前、村を放棄して避難する案も出ていた。

避難する際に当然持っていくものも限られる。

家族は頑なに連れて行く事を主張していたし、他の村民も協力をする申し出をしていたが、一部の心無い人間の『まともに動けないアルンはお荷物だろう。いっそここで楽にしてやれば良いのでは』と言う発言を聞いてしまったのである。

当然、周囲の人間は猛反対したし、発言した者はアルンの母親に事が済んだ後にぼっこぼこにされたのだが。


「・・・・・・」


アルンの中に過ぎる少しの違和感。


(何か足りない…?)


「どうした?」


マリアネッドの目が細められる。

そう、足りないのだ。


・村を飛び出した。

・○○○○○○って、○○○○○○ました。

・マリアネッドとヘリアラに救われました。


二つの事柄の間に、何かが入るはずだった。


「今、少しその事を思い出してたんだが…何か足りないような…」


「ふむ。続けて思い出したまえ。重要な事だからな」


マリアネッドの言葉に小さく頷き、額に手を当て記憶を深く深く掘り下げる。


不安と期待の混じったような、複雑な表情のウェローネ。

マリアネッドとヘリアラの二人も、その様子をあえて声をかけずに見つめていた。


アルンが故郷にいた時期が『八年前』から『十年前』に変更しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ