第二印~冒険者アカデミーへ行こう!その1(N)
2018/10/26 やり直し版に差替しました
アルンとターシャの通う『サリオン冒険者アカデミー』は辿り着くまでには入り組んだ道はなく、ひたすらに街の大通りに沿って行けば良い。
常に細かく清掃され何年経とうとくすむことのない白亜の学舎はとても立派で、遠目から見てもかなり目立つ。
この土地に初めて来た人間でも特長さえ聞いておけば、よっぽどの方向音痴でない限り迷うことは無くたどり着けるだろう。
アカデミーへと向かう通りは規則正しく植えられた街路樹が美しく地域住民にとっては丁度良い散歩コースになっているのだが、その緩やかに長い坂道は遅刻寸前の学生には少々評判が悪いようでもあるらしい。
「くっそ、流石に飯を食わないでコレはちとハードだな…」
自分自身、体を鍛えていないとは言わないがわずかな空腹を感じつつこの通りの坂道を駆け上がるのは少々辛い。
「ふーんだ!あんなちっさい子に構ってるから悪いんじゃない!」
ボヤくアルンの横を並んで走るターシャは、自分の鞄の他に背中に背負ったクロスボウと腰に専用のボルトが入った筒を提げているというのに余裕綽々といった様子である。
プリーツの効いたスカートから覗くおみ足がとても健康的だ。
彼女の胸で揺れる大きな二つの膨らみもとてもとても健康的だ。
「お前が喚き散らさなきゃ、朝飯を食える暇もあったかもしれないんだよっ!」
「だ、だって!あんなの認められるわけないじゃない!!」
そんな事を言い合いながらしばらく走ってると、彼らには馴染みの建物がもう目の前となっていた。
多くの冒険者を目指す者が訪れ、学ぶ『サリオン冒険者アカデミー』。
遥か昔、この世界に訪れた未曾有の危機──人間界に侵攻を開始した魔界の勢力を打ち倒した勇者の仲間の一人、賢者サリオンが自らの見聞と知識を多くの人間に分け与え、少しでも後進の者たちが命を無駄にせぬようにと創設した事が始まりとされている。
世界を救った賢者が創設したという事もあって、冒険譚の大好きだったフォルナディッド王国の当時の王は惜しみなく出資。
国内外問わず、民に学問や冒険者としての基礎を広げるという目的を果たしたのである。
当時の冒険者と言えば、食い扶持はないがただただ腕っ節が強いだけで、お世辞にも教養が高い者も少なかった。
それがアカデミーで正しい知識を教えられ、アカデミーと協力体制を整えた冒険者ギルドという組織の中で管理される事により、格段に死亡率を減らし、かつ、有事の際の統率も可能となったのである。
『冒険者アカデミー』と謳っているが魔法や錬金術に関する教育も盛んであり、研究開発と人材発掘と確保が日々行われている。
元来そういったものは隠遁としたものがほとんどであり、有用性を見出した者達がアカデミーに出資することにより大きく様変わりしたと言われている。
また、人間だけではなく亜人種達の存在も、この世界では忘れてはならない。
この世界において人間とエルフやドワーフ、獣人や友好的な魔界の住人などのいわゆる『亜人種』の存在とは別に対立しているわけではない。
よって、お互い交流を深め、知識や技術を交換し、お互いを理解しあい、齟齬を埋める場としてもこのアカデミーの存在は大きかったとも言える。
そうして種族の坩堝と化した街には人間以外の存在も集まり、それを目当てに商人が集まり、商人が持ち込むモノが集まり、緩やかに、そして長くフォルナディット王国は繁栄を築くことになったのである。
周囲も最初期こそたかだか冒険譚が好きだという理由で出資を続ける王に冷ややかな反応が多数をしめていたが、徐々にその効果が現れるにつれ手の平をくるりと一転。当時のフォルナディット王を『賢王』と称えだしたのであった。
そうして、それこそがフォルナディット王国が『|冒険者の最初の一歩の国』と呼ばれるようになる所以であった。
さて、この国やアカデミーについて簡単な説明は終わった所で、アルンとターシャの二人に戻すとしよう。
銀色のドーム状の屋根が被さった集会所が目に入り、ラストスパートとばかりに二人はスピードを上げる。
「だああぁぁ!他に人いねぇぇ!!」
アルンが周囲を見渡しても、他にアカデミーへと向かう者の姿はない。
額に汗を浮かべつつ必死に足を動かすものの、まだ少し遠い。
「アルン!入口が!閉じちゃう!」
ターシャに言われて目を向けると、担当の職員が鉄格子の門を閉じようとしていた。
「ま、待ってくれえええ!」
「よーいしょっ!」
「っ!?」
最後の力を振り絞って走り込む…が、唐突に肩に重みを感じてバランスを崩してしまった。
彼の悲痛な叫びに気付いたのか、心優しい担当職員は手を止めて彼らの事を待っ──
ガシャンッ!
──てはくれなかった。
バランスを崩した結果、アルンはつんのめる様にして──
ゴィィィィィン!!
「ぶぉっ!?ぉぉぉぉ…」
──顔面からぶつかっていったアルンはズルズルと地面に倒れこんだ。
その音はとても重くて痛々しい。
「ちょ、ちょっと!?大丈夫!?」
格子の門越しにターシャが心配そうに声をかけた。
格子の門越しに、である。
「流石に痛ぇ…って、くそぉ…おまえぇぇ…!!」
「な、何?」
怨嗟の声に込めて格子を掴んで叫ぶアルンの姿にターシャは思わず一歩退くターシャ。
「お前はそこ」
「うん」
格子の門の内側を指さして、続いて彼は格子の門の外にいる自分に指をさす。
「俺はここ」
「う、うん。そうだね」
彼女としても、それは間違う事無い事実だから頷くしかない。
「なんでだ?」
「だ、だって、あたしだって遅刻したくないしっ!!」
「それはわかる」
「うん」
「俺だって遅刻したくない」
「うん」
「…今、俺の肩を踏み台にしたよな?」
「うん!…あっ」
「あっ、じゃないだろ!あったまきた!この遅刻は元はと言えばお前のせいだろう!いいから俺とその立ち位置を変われよ!おっぱい叩くぞ!」
「無茶言わないでよ!?それにどさくさであたしのせいにしないで!そしてそれ痛いんだからやめてよ!?」
叩いたことはあるらしい。
それはともかく門越しの一連のやり取りを見ていたアカデミーの女性職員は、パンパン!と大きく聞こえるように手を叩いた。
その音に気づいて恐る恐る視線を向けるアルンに対して、着ていたローブの袖からさっと手をばした。
「はいはい。痴話喧嘩は後にして、手帳出してねー」
「な、なぁ…このぐらいおまけ…」
ニコニコと笑顔を浮かべた職員の圧力たるや。
聞く耳持つ気が欠片も見当たらない。
アラサー近く独身の彼女ではあるが、昨日に別の部署の友人(彼女より年下)の職員に飲み屋で結婚報告されたせいで気分がささくれているわけではないのだ。
仲良さそうなアルンとターシャを見て、見えない黒い炎を笑顔の裏で揺らしているわけではない。決して。
「いや、ちょっとぐらい話を…」
「手帳、はよ」
被せ気味のその台詞はニコニコ笑顔と裏腹に実に冷淡な響きである。
「随分と朝から騒がしいな。何をしておる」
しぶしぶとアルンがアカデミーの生徒である証の手帳を取り出そうとしていると、アルンにとって馴染みのある可愛らしい声が聞こえた。
「その声は…マリアネッド師匠!」
アルンは渡りに船とばかりに聞き覚えのある声に嬉々として顔を上げると、その向こうにいる彼の師匠であるマリアネッド=イーリスの名を呼びつつ再度鉄格子の門に飛びついた。
ちなみにちゃっかり女性職員はアルンから手帳をひったくっている。
そこに居たのは常闇のように真っ黒なローブを身に着けた、どう見ても十歳から十二歳の透明感のある色白な肌を持つややツリ目気味な紫色の瞳を持つ少女だった。
ツインテール…とよく間違えられる頭の両側面で青いリボンで結ったピッグテールの髪型は可愛らしい。
前開きのローブの間から覗いて見える服装は真っ白で所々のフリルのついたブラウス、濃い赤色のプリーツスカート、白い無地のオーバーニーソックス。
服装自体はいささか少女染みているように見えるが、彼女の細い腰には皮のベルトが巻かれ、血のように紅い宝玉が意匠された銀のレイピアが鞘に納まってぶら下がっていた。
だが見た目が子供の様な容姿でいささか少女趣味な服装であっても、不遜な表情を常に浮かべている彼女から漂う気品高いオーラをその場にいた誰もが感じていた。
彼女の素性を知る者は決して侮るような真似はしない。
そもそも、彼女の上向きにツンと尖った耳が彼女が人間の種族ではない事を示しているからだ。
「これは、マリアネッド導師。おはようございます」
振り向いた女性職員は礼節に則った丁寧な挨拶をした。
それを横目で見つつ片手で挨拶を返すと、閉じられた鉄格子の門に阻まれたアルンの目の前までやってくる。
「ふむ…不肖の馬鹿弟子がよりによって年に数回もない集会の日に遅刻したようだな」
彼女が小首を傾げると小さな青色のリボンでピッグテールに結んだブロンドの髪が揺れた。
紫色の瞳が面白そうにじっくりと彼を見据えつつ、ニヤニヤと笑みを浮かべるその口元に尖った八重歯が目立つ。
「ええ、そうです。他に遅刻者はいませんし、早々に遅刻処理をしてしまいたいのですが」
「いやいやいやいや!本当に、タッチの差だったじゃないか!むしろ入れてたって!」
淡々と事務的に救いの素振りなど一切見せてくれない職員に、アルンは鉄格子の門を掴んで抗議の声をあげるが聞く耳は持ってくれそうにない。
かといって、マリアネッドの方に目を向けても相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべている。
ちなみにターシャはおろおろとやりとりを見守っている。
「そうかそうか…」
「せ、師匠頼むよ!なんとかお目こぼしをだなぁ…!!」
マリアネッドの瞳の動きで雲行きが怪しくなりつつあることを感じたアルンはそれでも最後の抵抗とばかりに声を上げる。
「アルンよ、いつも言っておるだろう。冒険者になる以上、時間指定のある依頼は厳守せよ、と」
八重歯を光らせ満面の笑みを浮かべて、女性職員から手帳を受け取る。
「今回もそれと同じだ馬鹿者!あらかじめ予定の時間は告知されていただろうが!というわけで、アウトだアウト!」
該当ページを開いてさらさらとペンを走らせると、女性職員の前に突き出した。
「はい、ご協力ありがとうございます。マリアネッド導師」
「よいよい。弟子の不始末に関して適切に処理したまでよ。クククッ…」
ポンと遅刻印を手帳に捺印している間も、愉快そうにマリアネッドは笑っている。
(に、憎い…この目つきと性格の悪い女をそのテのアレとかコレとかが性癖な連中の中に放り込んでやりたい!)
アルンが下唇噛みつつマリアネッドに恨み節を心の中で呟いている間に、女性職員がパチンと指を鳴らすと鉄格子の門がゆっくりと開いて一人が通れるぐらい隙間ができた。
「ち、ちくしょう…」
すごすごと門を通り抜ける弟子のすぐ横で「わっはっはっ!」と高笑いを浮かべる彼の師であるマリアネッド。
その二人の姿を見て女性職員は微笑ましく思いながらも、もう一度指を鳴らして門を閉めなおした。
「え、えーっと、ごめん…ね?」
「………」
そんなアルンの横でターシャがてへペロ☆とウインクしながら自分でも精いっぱいの可愛らしさを見せるつもりで頭を軽く小突いたが、アルンはそれを一瞥した後、頭のてっぺんににあるという『押すとお腹を下す』という噂のある部分にグリグリと拳で押し付けておいた。
「あだだだだだだ!?ひ、ひどいー!謝ったのに!」
「うるっせえ!この裏切り者!」
と不機嫌そうに一喝されると、びくっと身体を震わせて小さくなってしまうのであった。
当然といえば当然である。
彼を踏み台にした以上、フォローのしようがない。
宣言していた通り、おっぱいを引っぱたかなかったのはせめてもの慈悲か。
「そ、そんなぁ…」
「くっくっくっくっ…お前達は本当に朝から想像しくて面白いものだ。さ、行くぞ、馬鹿弟子と他一名よ」
そんな二人の様子をマリアネッドは愉快そうに笑った後、機嫌も良さそうにローブを翻して校舎へと歩き始めた。
「ば、馬鹿弟子言うなよ!」
「他一名って…あたし…だよねぇ…そうだよねぇ…」
アルンはそんな小さな背中に恨みがましい視線を向けつつ、ターシャは涙目のまま頭を擦りつつ、三人はサリオン冒険者アカデミーの本校舎へ賑やかに入っていくのであった。
友人の助言もあり、今回は短めに調整しております。
ボリューム不足に感じられたら申し訳ない。
余談ですが、10年近く前に少しだけ公開したときに何故かマリアネッド先生だけは物凄い勢いでイラスト化されていたんですよね…あれは一体なんだったのか。