第三十一印~乙女たちのアレコレ(N)
2019/08/25 やり直し版に差し替えました。
急に寒くなりましたね。
「…」
「…」
「「………」」
アルンがエリーニャに連れられて実家へ、マリアネッドとヘリアラとルィリエンが分校へ向かっている間、ウェローネとターシャの二人は馬車を指定の場所へと移動させていた。
とは言っても、スレイオルが勝手をわかっているようで、特に何かするわけでもなく宿屋に併設してある馬車小屋へとついてしまったのだが。
なんというか、気まずい空気ではある。
『恋のライバル』と書けば見栄えはするかもしれない。
呉越同舟は言い過ぎか。
「…ハァ。それにしても、あんたがこっちに来るのは意外だったわ。どうせ『旦那様ぁ~』とか甘ったるい声だして追いかけると思ってたんだけど」
手綱を握ったまま、ウェローネを横目に見ながらターシャが先に口を開いた。
決して気まずい空気に根負けたわけではない。
純粋に疑問に感じたことであった。
「そんなの貴女が役目を放って旦那様の所に行かないか、監視の為に決まっていますっ。大体、ウェローネはそんな頭の悪そうな声を出したりしませんっ!」
スレイオルの揺れる尻尾を目で追っていたウェローネは、言われてついっと目線をターシャに移す。
特に何か表情を作っているわけでもないが無表情というわけでもなかった。
「…あのね、そういうの今はいいから」
「あらっ」
不機嫌そうな表情でにらみつけるターシャに、ウェローネは両手で口元を抑えておどけたように見せた。
その様子にターシャは頬をヒクつかせるが、何も言わず手綱を動かした。
「貴女の監視も無いとは言い切れませんが、単純に親子水入らずを邪魔したくないからですよっ。勿論後でご挨拶にお伺いはしますけどもっ」
二人の間に流れる冷たくヒリつく空気に、たまたま居合わせた宿屋の息子は馬車小屋に案内して扉を開けると『何かあったら呼んでください』とそそくさと戻って行ってしまった。
スレイオルもこの場所の勝手がわかっているのか、何をせずとも所定の位置に馬車を収めると『ブヒン!』と力強く一鳴きした。
「あ、失礼しましたスレイオル姉様っ!」
慌てたように御者台から飛び降りると背伸びにしながら馬具に手を伸ばそうとして…首をかしげる。
「えーっとっ?」
「出来もしないのに勢いよく飛び降りてどうすんの。待って」
ターシャも御者台から降りると、手際よくスレイオルに取り付けている馬具を外して彼女を開放してあげた。
首をターシャとウェローネの順番で顔を擦り付けると、散歩にでもいくのか尻尾を振りながらどこかへ行ってしまった。
「まー、あの子ならどこへ行っても無事なんだろうけど。下手したらあたし達より強いだろうし」
「それもそうですねっ」
その勇壮たる背中を見送ったあと、二人は再び馬車に乗り込んで必要な荷物を馬車の外に引っ張り出し始める。
はた目から見ると幼女と小柄な女の子二人の作業で危なっかしく見えたかもしれないが、実際はそんなことはまったくなかった。
特に役割は決めていなかったものの、作業の途中から宿屋の息子の手も借りて難なく荷物を宿屋に運び込んでいったのであった。
◇◇◇◇◇
「ありがとうございましたっ!」
「これぐらいどうってことないですよ!んじゃ、鍵は宿で預かっておきますから!夕飯は任せておいてくださいよ!湖で採れた美味い魚料理、食わせますんで!」
「あ!それは楽しみ!よろしくねー!」
普通なら預かり期限とか馬の世話について話があるのかもしれないが、この馬車の持ち主が誰だかわかってる宿屋の息子は余計な事は語らなかった。
それなりの労働をさせてしまったのでチップでも渡そうと思ったが、彼は受け取らず機嫌よさげに戻っていった。
おそらくターシャの胸にある二つの大きな塊が彼にとって何よりも報酬だったのかもしれない。
今夜、彼は部屋から出てこないかもしれないが、そっとしておく方がよいだろう。
「さて、マリアネッド先生達はまだ時間かかるだろうし、夕飯までの時間もあるみたいだし、あんたはどうすんの?」
「んー…そうですねっ」
話を振られて唇に指をあてつつ思案顔をしつつ、『そういえば』と両の掌をポンとあわせる。
「貴女では専門分野外でしょうし、答えられなくても構わないんですがっ…」
「何か腹立つ前振りの仕方だけど、まぁいいわ。何?」
「いえ、あのですねっ。もし違ってたら遠慮なく訂正なりしていただきたいのですが、『獣人は体内に宿る魔力は総じて低い』という認識で間違いはないでしょうかっ?」
「はぁ?…んー…そりゃ確かにそのテの話は専門分野外だけどさ、それはちょっとあたしを舐めすぎね。そんなの常識じゃないの」
どんな質問が来るかと構えていたが、あまりにも常識内の質問をされてターシャは腕組みしたまま片眉を跳ね上げる。
心なしか、彼女のサイドテールもたしたしと波打っているようにも見える。
『この世界に存在する各種族の魔力は、その種族によって大きく分けられている』
これはアカデミーの初等部で一般常識で習う話である。
獣人という種族はその身に宿した野性的な力で身体能力の高さが総じて高いが、それに比べて魔力がからっきしに低いのだ。
魔力に関しては魔族が頂点とされており、人族は良くも悪くも普通、そこから越えられない壁を挟んで獣人種となっている。
勿論まったく使えないというわけでもないのだが、『使える』とする者でさえ人族の中でも魔力の低い者程度だ。
そんな存在も稀な内で、この世界での歴史上の獣人族で『魔法使い』と名乗れた者は五本の指にも満たないと言われている。
そういう一般常識がまかり通っている世界なので、質問に対してターシャが不服そうな表情を浮かべるのは質問者がウェローネだからという理由ではなく仕方のない事だった。
「うーん…やはりそうですか。それは覆ってないとっ…」
下顎に白い指を添えて俯いて思案顔を続けるウェローネ。
「何なの?お勉強なら後にすりゃいいじゃない。分校だってあるんだし、そこに行けば教えてくれるんじゃないの?」
「あ、待ってくださ…わぁっ!?」
「ちょ!?ぶぇ!?」
呆れたように肩をすくめてその場を離れようとして…ターシャは足を止めた。
慌ててついていこうとしたウェローネがそれにぶつかり、丁度膝かっくんをするような形になり、二人して盛大にスッ転んだのであった。
「あいたたた…急に立ち止まらないでくださいっ」
「あんたもちゃんと前を見なさいよねぇ!…いつつ」
「…あの…大丈夫?」
かけられた声に顔をあげると、そこにはメイド服に身を包んだルィリエンが二人に手を差し伸べていた。
それを見てあからさまに不機嫌な表情になったターシャは差し出された手を無視して立ち上がると服をはたいて土を落とす。
ウェローネはターシャの様子に首を傾げつつも、『ありがとうございますっ』とルィリエンの手を借りて立ち上がった。
「ルィリエン様、でしたかっ?もうそちらのご用事はよろしいのですかっ?」
ルィリエンはちらりとターシャの方へ目を向けたが、静かに目を伏せてウェローネの方へと向き直る。
「…ボク達の馬車も…ここの馬車小屋に預けているんだ…。…必要な物を…取りに来た…」
寂しそうに微笑みながら鍵を開けると、そこには冒険者見習いが使うにしては立派で豪華すぎる幌馬車が格納されていた。
「うっわ、悪趣味」
横目でそれを見たターシャが吐き捨てるように言い放つ。
その表情には嫌悪感がモロに出ていた。
「確かにこれは…冒険者が使うには少し派手…と言いますかっ」
流石のウェローネも右から左からそれを見上げつつ、眉を顰めた。
見ず知らずとは言え、故人も使っていた物なので言葉を選んだようだ。
「…ボクも否定はしないよ…。…ずっと、そう思ってたし…」
苦笑しながら幌馬車にメイド服のスカートを翻しながら身軽な動作であがると、ガチャガチャと何かを漁る音が聞こえてくる。
「ずっとそう思ってたって…」
ターシャは横目でそれを見ながらつぶやき、ウェローネは興味深そうに豪華な幌馬車を見上げていた。
そうしている間に荷袋を背負ってルィリエンが身のこなしも軽く降りてくる。
再度、馬車小屋の扉を施錠するとウェローネ達に向き直る。
「…ボクの荷物は…少ないから…。…服に関しては…ヘリアラ様から借りている…このメイド服がいい…かな。…思いのほか動きやすいし…もうしばらく…借りるよ……」
「なによ。あん時はアルンに見られてあんなに恥ずかしそうにしてたくせに、随分な変わりようじゃない」
相変わらず目を合わせて話しをしようとしないターシャに、ルィリエンは困ったように微笑みつつクラシックタイプのメイド服の長いスカートをつまんで自分を見下ろした。
「…うん。…あの時は羞恥の気持ちの方が強かったけども…ヘリアラ様から教わった…メイド服の日常から戦闘まで…ありとあらゆる状況に対応できる機能美…聞いて目から鱗が落ちたよ…」
「何を教わってんのよ、何を!まぁ、メイド服を戦闘服にしてるのはあの人だけだと思うけど」
(嫌っているとは聞いていましたが、なんだかんだでお話はするんですねっ)
二人のやりとりをウェローネは傍目から見ながらそんな感想を持ったのであった。
楽しそうというわけではないが、本来であれば彼女らは良い友人だったのではないか?そんな雰囲気さえ感じる。
「…おや?」
そんな二人からかなり離れてはいるが、宿屋に向かって一人の見覚えある人物の姿が目に入った。
そのつぶやきに気づいたルィリエンも目線を向けると『ああ』と小さく声を漏らす。
向こうはこちらに気づいてないようで、すぐに宿屋の方に入ってしまった。
「な、なによ、二人して」
位置的に仕方ないとはいえその人物の姿が見えなかったターシャは二人の様子に気味悪げに一歩引いた。
ウェローネはそんな彼女に両手をパタパタと振る。
「違います違いますっ!貴女の後ろを義妹が通ったのは見えたもので」
「あんたの言い方…なぁんか気になるのよね。あたしにはわかる」
「細かい事ですっ!」
「…あ、あの…いい?」
手を挙げて発言の許可を求めるルィリエンに自然と二人は目を向ける。
「…えっと…エリーニャちゃんは…あの宿屋の一階の食堂で給士の仕事をしてる…。…多分、今からも仕事かも…?」
「そういえば、あんた達もこの村に立ち寄ってたんだっけね」
「…うん。…その時にあの宿を利用している…見ての通りだから…」
ルィリエンは頷いた後に、馬車小屋の方に目を向ける。
「へー…家族《アルン》が帰って来た時くらい休ませてもらえばいいのに。って、そういうわけにもいかないか」
実家が宿屋兼食堂を経営している娘としては、なんとなく宿屋側の肩を持った意見を持ってしまう。
小さいとはいえ、村の食堂なのだ。
簡単に急に休むと言われるのは流石に困ると思う…とターシャは一人頷いていた。
「そうですねっ。前々から予定がわかっていたのなら、まだ都合はつけてもらえるのでしょうけどもっ」
と、そこまで言って『おや?』とルィリエンは小首を傾げた。
プラチナブロンドの髪がさらりと揺れる。
「どうしましたかっ?」
「…ん…何だろう…。…こう…何かひっかかって…。大したことじゃ…ないのかもしれない…けど…」
背筋を曲げないしっかりとした凛とした佇まいながら下唇に指をあてて思案する様が、ルィリエンの美しさと可愛さの両方を引き立てて、うっかりターシャはズルイと感じてしまった。
(…て、別に仲間じゃないし。よしんば仲間だとしても今だけだし!)
ぐぬぬ!といった表情を浮かべて無言で地面を蹴りつけるターシャにウェローネは呆れた表情を浮かべていると、不意につぶやくような声が頭上から聞こえた。
他でもない、この面子の中では一番背の高いルィリエンなのだが。
「…そういえば…この前は…エリーニャちゃんには…悪い事をしちゃったな…」
つぶやいてしまった事に気づいてなかったのか、二人の視線を感じてハッとした表情で二人の方を向き直り苦笑を浮かべた。
「…あの…その…ボクのパーティーメンバーが…ここがアルン君の故郷だということを知った上で…アルン君の事を話をしていたんだ…。…あんまり褒められた内容じゃない話…のようで…。…すぐそばで…彼の妹が給士をしているのに…気づいてなかったみたいで…」
「はぁ?『のようで』って、他人事みたいに言うけど、あんた、連中を止めないでその時何してたのよ」
ターシャに責められるような視線を向けられて、ルィリエンはぶんぶんと首を横に振った。
「…ボクもその場に居れば止めてた!…アルン君を…そもそもその場にいない人を…悪く言うだなんて!」
基本的に彼女は善の性質だ。
間違いなくそうするであろうことはターシャも悔しいがよくわかっている。
「…本当にタイミング悪く…席を外してたんだ…。…宿の主人に話を聞いて…慌ててエリーニャちゃんに謝罪に行ったけど…受け入れてもらえたか…どうかは…」
「謝罪ねぇ。ていうかさ…」
怒気を孕んだ様子でルィリエンの胸元に人差し指をつきつけるターシャ。
「本人のいない所でそんな話で盛り上がるほどゲスに成り下がってたなんてね!あんた達、どんだけアルンの事を根に持ってたのよ!」
「…それは…ボクは…違う…」
「あんただけは違うって?一緒だよ!その証拠にパーティー組んでたでしょうが!アルンに助けてもらった恩を忘れてさ!今期最優秀のお貴族様のパーティーって言われて!!」
その言葉にターシャの勢いでたじろいでいたルィリエンも踏みとどまり、彼女の本来持つ威圧感でもって押し返す。
「…違う!ボクは決して…あの日の事を忘れたりなんかしてない!」
「じゃあなんであんた達のせいであたしらは苦労しなきゃいけなかったわけ?あたしだけならまだいいよ?アルンがどんだけ嫌がらせを受けたと思ってんのよ!?」
「ボクは嫌がらせなんてしていないよ!」
二人の言い合いは止まらない。
物静かなしゃべり方のルィリエンですら、声を荒げて普段の様子を見せていなかった。
なまじ大きな声のせいで村人が何事かと遠目に見てくるのを感じて、二人から少し離れて様子をうかがっていたウェローネがパンパンと小さな手を叩きながら間に割って入った。
「お二人とも積もるお話があるのはわかりましたが、それぐらいにしませんかっ?」
噛みつかんばかりににらみつける視線を二人から受けてもその幼女は肩を竦めて、『周囲を見ろ』と視線を送る。
彼女達も流石に村人たちの視線に晒されていることに気づいてくれたようだ。
「…散歩してくる。夕飯までには戻るから」
不機嫌さを隠そうともせずにターシャは背を向けて小走りに去ってしまった。
「…鍵を返してくる…。…ボクも少し一人になりたい…」
メイド服のスカートを翻してルィリエンも足を宿屋に向ける。
その二人がその場を去っていったのをきっかけに、村人たちも離れていった。
後に残されたのはウェローネと、いつのまにか近づいてきていたスレイオルだ。
なぜか二匹の小綺麗な白馬を付き従えていたが。
ルィリエンの元パーティーの馬でただひたすらにスレイオルを口説いていたらしい。
(うーん…思った以上にお二人の話は根深い問題なのでしょうねっ。旦那様の事が関係ある以上、あまり無視も出来る内容ではありませんがっ)
スレイオルの顔を撫でつつ、ターシャとルィリエンが去っていった方向にもう一度視線を交互に向ける。
(お二人の関係にばかりはウェローネは口を出すことはできませんっ。それよりもっ…)
宿屋に向けた視線を動かさずに思案する。
そちらに向かったルィリエンの事を考えていたわけではない。
(ちょっとしたパズルのようですっ。全く関係のない事の羅列のはずなのにっ)
ウェローネは死者が出ている以上は不謹慎かもしれないと思いつつ、それでもこの状況に好奇心を感じたまま、愛するアルンの気配を探るとそちらの足を向けるのだった。
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